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後戻り
ゆーいちの家で夜ご飯を食べて、バイト先にそのまま向かった。
今日はたしか9時出勤だったから、全然間に合うけど、一度家に帰るよりは早めにバイトに入って、時間まで更衣室で少しでも寝たかった。
あっちでは、二時間以上続けて寝れなかったから、さすがにちょっと眠い。
バイト先について、まずは草薙さんに挨拶にいった。
裏の店長の個室を三回ノックをしそのまま「失礼します」とドアを開けた。
「おはようございます。草薙さん」
「おは…………どうしたの。その傷」
オレの顔を見て固まる草薙さんに苦い笑いを返す。
やっぱり目立つよね。
今日は帰れとか言われたらどうしよう。
「長期の休みを頂いたあとなのにすみません。イギリスでこけちゃいましたー。オレ、客前に立っていいですかねー?バックヤードに回りますか?」
「全然謝ることないよ。全く、真面目だなぁ。
でも、せっかくの綺麗な顔なんだから、気を付けなきゃ」
草薙さんは操作していたタブレットをデスクにおいて、オレの手の包帯がされた右手を握った。
「これ、いたくない?」
ぐっと力を入れられ、少し鈍い痛みが走っただけれど、「全然大丈夫です」と笑ってみせた。
「そう。よかった。じゃあ、今日もカウンターをお願いします」
「はい。よろしくお願いしますー」
そのまま会釈をして出ようとして、手にかけてあった紙袋がカサっと揺れた。
「あ、そーだ。草薙さん、これー。つまらないものですけどー。みなさんでどうぞー」
お土産を手渡すと、草薙さんはありがとうと、受け取ってくれた。
今度こそ、では、と会釈をして個室をあとにした。
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休憩室の机にうつ伏せになって少しだけ仮眠をとると、あっという間に出勤時間になってしまった。
立ち上がり一度大きく伸びをして、髪を簡単に手直しして、曲がったネクタイを締め直し、店頭に向かった。
オープンは、七時から。出勤すると、すでにちらほらとお客さんがいて、静かにカウンターに向かい他のスタッフに小さな声で「おはよーございます」と、声をかけた。
「あー、ルリ、おは…………なんだ、その顔」
「うわ。顔。」
よくシフトが被る光邦(ミツクニ)さんと、暁(アキラ)さん。
それぞれリアクションが違う。
「あはは。コケちゃいましたー」
何でないように笑い手にアルコールの霧吹きをかけて、除菌すると、二人がしていたように手近にあったグラスをふいた。
「はー?てか、お前それ、絶対コケただけじゃねーだろ。大丈夫かよ?喧嘩で負けたの?」
光邦さんが、いたずらっぽく笑いながら、オレの頬を「いたそー」とつつく。
いたそーじゃなくて、いたいっつの。
「喧嘩なんてしないですよー。階段から転げ落ちちゃって。もうめちゃくちゃ痛いですよー」
光邦さんと暁さんは、幼馴染みらしく、たしか二人とも22歳。大学は違うらしい。
「どうでもいいけど。固まってやってたら怒られるよ」
フレンドリーな光邦さんと違って、暁さんは言葉だけだと少し距離があって冷たい。
でもそれはオレだけじゃなくて、多分、みんなに対してそうだから特に気にならない。
それに言葉がぶっきらぼうなだけで、厄介なお客さんに絡まれてたりするとすぐフォローに来たくれるし、本当は優しい人だって滲んでる気がする。
「暁ぁー。お前生理かよ。年がら年がら年中ピリピリしやがって」
暁さんの頬をつついていた光邦さんの人差し指は振り払われ、「うざ!」と、一言吐き捨てて、暁さんは離れたフキンを手にテーブルを拭きにカウンターから出ていった。
「ごめんな、ルリ。久しぶりの出勤なのにあいつ、ピリピリしてて」
「あはは。ぜんぜーん」
特に光邦さんは正直かなり嫌われてると思う。なのに、気にしたようすもなくけらけらと笑う。
幼馴染みと言ってもバイトもたまたま被っただけで、中学からほとんど音信不通だったと、以前光邦さんから少し聞いた。
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