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後戻り
しばらくグラスを拭きながら、光邦さんと他愛もない話をしていると、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませー」
光邦さんと、声が重なる。
ドアの方を見ると、せんせーと蒼羽さん。
びっくりして、思わず持ってるグラスを落としそうになった。
「どちらに座りますか?」
光邦さんがいつも通り穏やかな声で呼び掛ける。
「カウンター。それと、草薙呼んでよ」
ああ、そういえば、蒼羽さんと店長は知り合いだったっけ。
挨拶にいこうか迷ってると、光邦さんが伝票をもって戻ってきた。
「俺店長呼んでくるから、ルリあのテーブルのドリンクよろしくな」
「はーい」
手早くオーダーを受けたハイボールと、ウーロン茶を作って二人の席に向かった。
「お待たせしました~。ハイボールとウーロン茶です」
「あ、あの時のおチビじゃん」
「蒼羽さんお久しぶりです」
「うん。久しぶり。どうしたの、その不細工な顔」
ストレートな言葉に思わず吹き出して笑った。
普通に怪我どうしたのって言えばいいのに、この人のこーゆーとこ、結構好き。
「階段から転げ落ちちゃったんですよー」
「ああ、そう。どんくさいね」
にこっと綺麗な笑顔で毒を吐く蒼羽さんに「えー」と、笑いだけを返すと蒼羽さんも綺麗な顔に悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべた。
ちらっとせんせーを見ると視線が交わって、どきっとする。
どき?
いや、なんだその乙女的表現。ギクに訂正。
「お前日本にもどって早々にバイトかよ。その真面目さを別で発揮しろっての」
呆れたように笑うせんせーに、更に鼓動が速くなる。
さっきまで、あんなに近くで優しく手当てして貰ったからだろう。
怪我には慣れてるのに、手当てされるのはなんだか慣れなくて、むず痒かったから、
「オ……自分はいつでも真面目ですよー」
オレと言いそうになって訂正する。
ここでは性別を隠してるんだった。
男か女かわからないという設定だとかなんとか。
女には見えないだろって自分では思うけど。
やっぱりせんせーといると調子が狂う。
辛うじて表情はいつものように笑えてると思うけど、普段ならこんなミス、しないのに。
「右手。結構腫れてんだからあんま動かすなよ」
どうでもよさそうにぶっきらぼうに言うくせに、内容は暖かい
この、疼くような、込み上げるものは、なに?
………知りたく、ない。
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