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後戻り

時間が3時を回ったころ、一度一気に忙しくなった店内も、落ち着きを取り戻しつつあった。 つまり、カウンターのお客さんと話さなきゃいけないわけで。 「ルリ!きいてんのか!」 「はいはーい。聞いてますよー。鈴木さん、今日ちょっとペース早くない?お冷や入れましょうかー?」 「酔ってないっつの!芋焼酎ロックをジョッキでもってこい!」 鈴木さんは、週2くらいで必ず着てはオレにドリンクを奢ってくれるんだけど、正直酒癖がよくないから早く帰ってほしい。 離れると、機嫌悪くなるし。 それに、女嫌いの蒼羽さんが別のテーブルに移って草薙さんと話してることをいいことに酔った女性がせんせーに絡み付いてるのが視界に入って、なぜかもやもやして、会話に集中できてない。 「せーん。このあとどっかいかない~?明日お仕事休みなんでしょ?」 席も2つ隣だから、会話が否応なしに聞こえてくるから尚更。 べたべたと触る細い指が、あからさまに誘っていて、甘ったるい猫なで声でせんせーに寄りかかっている。 ていうか、あの人、この間までは光邦さんにべたべたしてなかった? 別に、そういう女性をどうとは思わないけど。 ……相手がせんせーなのが、なんとなくいやだ。   女性がせんせーの耳元に顔を近付け何かを耳打ちする。まぁ、そういう類いのお誘いをしてるんだろう。 ドキドキしながらせんせーの反応をみるとふっと、余裕の笑みを浮かべていた。 「後腐れないならいいけど」 その答えに、女性が嬉しそうにせんせーの手を握る。 心臓がぎゅっと冷たい手に掴まれたような感覚に息を呑む。 なにこれ。 こんな感情、知らない。 やめてよ。その手に、触らないで。 とか、ずいぶん身勝手なことを考えてしまう。 オレの傷を優しく癒してくれたその手が今夜はその人を抱くのだと思うと、なんだか、もう限界だった。 「ルリ!お前とにかくこっち側こい!」 そう思った瞬間、鈴木さんの大きな声ではっとする。 「え?ごめんなさいー。ぼーっとしてたー。なんですかー?」 ああ、こんな感情でも、オレいつもみたいにへらへら笑えるんだ。今かなり、きてるのに。    どこか他人事のように思いながらカウンターから出て、鈴木さんの席のとなりに立った。 「お前はいつまでたっても性別を明かさないからな!調べてやる!」 へへっと鼻にかかった笑い方をしながら、がっちり両手首を捕まれた。 「へっ!?いやいやー。鈴木さん、それだめ通報レベル~」 冗談っぽく笑いながら抜け出そうとするけど、思いの外力強いし、傷がいたんでそんなに動かせない。 店長は個室だし、他にフォローしてくれそうなスタッフは5人中2人くらいだ。 でもその2人が見渡してもいない。 光邦さんは今裏だし、そういえば暁さんは上がったんだった。 ただの鈴木さんの酔っぱらいの悪ふざけだし、他のお客さんには揉め事とは思われないよう笑うしかない。 お客さんも、オレが男か女かかなり気になってたようで興味深々と言ったように見ていた。 「ほら、まずは尻!」 「ひゃあ!?」 抜け出す方法を感じていると、いきなり鷲掴みされて前へ退けると、自分から鈴木さんの胸に飛び込む形になった。 「ん~?尻じゃわかんないな?んー、でも女か?柔らかい」 「も……っ、鈴木さんってば酔いすぎ~。さすがに怒るよ〜やめ……」 あくまでもお客さんだから、笑顔は絶やさずたなめるように抵抗するが、お酒の席でそんなのはきかない。 ああ、もう触られることより、せんせーにこんなとこみられることが最悪。 せんせーの方が見れずに思わずうつむくと、カタンと、立ち上がる音が聞こえた。 「そいつ、一応親戚なんでやめてくれます?」 聞こえてきた声と同時に、大した痛みもなく、解放され、気が付けばせんせーに抱き止められていた。 ……………ほら、この人は何だかんだでいつも助けてくれる。

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