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後戻り

「え。あ、親戚がいらしてたんですね。すみません。ちょっと今日は酔いすぎてしまったようなので失礼します。ルリ、ごめんね」 せんせーの威圧に圧倒されたのか、鈴木さんは酔いが冷めたように焦って引き攣った笑いを浮かべ、オレから離れた。 そのままへこへこと謝り、ささっとお会計を済ませて帰っていった。 まぁ、さすがにオレが女だとしたらかなりまずいことをしたと自覚したらしい。 鈴木さんを見送ると、一応お礼を言おうとせんせーの所に行った。 「ごめんねー、せん…千さん。あの人普通にいい人なんだけど酔うとちょっとねー。たすかったよー」 せんせーと呼びそうになり、慌てて言い直す。 せんせーはいつものように不敵に笑いタバコを灰皿に揉み消した。 「なに?お前はあーゆーの引き寄せる性質もってんの?」 くっそう。男らしく見えないこと気にしてるんだからな。 でも、せんせーのこの意地悪な笑い方、嫌いじゃない。 「ね、千。そろそろ出よう?」 甘えるようにくいっとせんせーの袖を女性が引っ張った。 「あ……お会計ですか?」 ああ。いやだ。この訳のわからないもやもやも。 引き止めることもできないで笑えてしまうオレ自身も。 「いや、今日は蒼羽と来てるから今度な」 …せんせーのこんな一言に、ほっとしてしまうのも。 「ええ?いいじゃない。ご友人って男性でしょう?」 あからさまに拗ねる女性にせんせーは「しつこい女は嫌いなの。今度な」と軽くあしらう。 しつこい女って……。 「もう!じゃあ今度必ず連絡してよ!またね!」 可愛らしく頬を膨らませて、メモを少し強引にせんせーに渡すと、そのままお会計!と怒った声で呼ばれた。    せんせーはその後ろ姿を冷めた目で見ながら、彼女が店を後にするのを確認すると、メモをビリビリと破り始めた。 「うわー。千さんそれはひどーい。ひくー」 「個人情報は細かくして捨てんの常識だろ。そのまま捨てるよりよっぽど親切だっての」 まぁ、どうせ捨てるなら、そうなんだろうけど。なんだかなぁ。  「あの人と、今日帰るのかと思った」 思わずこぼれた言葉にせんせーは、鼻で笑う。 「冗談だろ?遊ぶならもっと頭のよさそーなのと遊ぶわ。しつこそうだろ、どう見ても」 とことん、冷めた目。この人は本当に人を愛したことがないのだろう。 そう思うと、さっきまであの女の人とどうこうなってほしく無いとか勝手なことを思ってはずなのに、ぎゅっと切ない気持ちになる。 店内はほとんどお客さんがいなくなり、遠い話し声と、お店のBGMだけが流れていた。   「千さんはさ…」 普段のオレなら、絶対こんなめんどくさいことになんて触れない。 そう思いながらも、自然と口が開いた。 ゆっくり視線をあげたせんせーと、視線が交差する。 「本当に心から人を好きになったことある?」 我ながら、なんだこの質問。と、思う。 すぐにいつものようにふざけて笑ってもいいけど、それができない。 せんせーは、タバコの煙を吐き出し、どこか馬鹿にするような声で、感情なく笑った。 「ないな。したいとも思わない」 胸に突き刺すような痛みが走る。 この人の手は、あんなにも優しいのに。 オレにはゆーいちや、ゆみちゃんがいたけど、この人にはなにか救いがあったのだろうか。 視線を落とすと、腕には丁寧に巻かれた包帯がより一層、胸を締め付ける。 ああ。いやだ。こんな感情、しらない。 気づいてしまったら、後戻りできないきがして。 見ないふりをしていた。 けれど、 「ねぇ、月城千さん、オレは好きだよ。本当に。あなたのこと」 伝えたら、距離をおかれるとわかっていても、この人に好きだと伝えたい。 あなたは、愛される人なんだって。

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