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優しい手
折山が落ち着いたのは、それから30分以上もたってからだった。
「落ち着いたか?」
努めて優しく聞くと、折山はまだ多少荒い呼吸のまま小さく頷いた。
あれだけ長く呼吸困難だったんだから、頭がぼーっとするのだろう、目は虚ろでぐったりとソファにもたれ掛かっている。
「折山、お前アンジェリーと一緒じゃないのか」
折山はびくっと肩を揺らした。
今、聞くのは可哀想かとも思ったけど、取り返しのつかないことになってたら、笑えない。
カタカタと震えながら折山は小さく口を開いた。
「ど、し…よう。ぼ、くのせいでまた……」
こいつが登校拒否になった原因は知らないし、無理矢理聞き出そうとも思わない。
でも、今回はそれに関係あるんだろう。
「話せるか?」
短く聞くと、折山は息を飲んで黙ってしまう。
聞き出すのはかなり時間がかかりそうだ。
「折山、少しここでまってろ。今日は送ってやる。すぐ戻るから」
そう伝えると、折山は絶望的な顔をしていたけど、「悪い」と言い残して保健室をあとにした。
俺の思い過ごしならそれでいい。
でも、当たっていたら最悪だ。
柄にもなく廊下を早足で歩き、物理準備室につく。
乱暴にドアを開けるとそこには誰もいない。
ほっとする間もなく、すぐに地学準備室に向かった。
ドアを開けようとすると、今度は鍵がかかっていて引っ掛かる。
ピンと来てしまう。
どうやら、俺の勘は当たってしまったようだ。
準備室の鍵は全て一緒なので、教師は全員持っているマスターキーで手早く開けた。
中から、まずい、とかやばい、とか焦った声が聞こえる中、ドアを乱暴に開けると、目の前には想像を越えた光景が写っていた。
アンジェリーはぼろぼろのシャツ一枚だけでぐったりと倒れており、それを囲む四人の男は真っ青な表情で下半身を隠そうとしていた。
「………お前ら、冗談じゃすまされねぇぞ」
自分のものとは思えないほどの低い声が出た。
ビクッと四人が固まる。
一回りほど年下のこいつらをぶん殴りたいとも思ったけど、今はアンジェリーの体が優先だと、辛うじて残った理性が言う。
「……どけ」
「ヒィッは、はい!」
一言そういうと、弾かれるようにアンジェリーから四人とも離れた。
一人は尻餅をついて、腰を抜かしている。
か細い体に白衣をかけ、抱き上げるとゾッとするほど軽かった。
そして、熱い。相当高熱が出ている。下手したらすぐに医者に見せなければならないほどだ。
「あ、あの、先生……」
「その、俺ら……こいつと喧嘩して……」
「そ、そ、そうなんです!ほら、俺らもボロボロでしょ!?こ、ここまでするつもりじゃなかったんです!」
取り繕うとするこいつらの声が耳障りで、イライラする。
言い訳が苦しいことくらいわかってるだろうに。
返事する気にもならない。
「データ寄越せ」
「は、はい?」
短く言うと、怯えたように首をかしげる。
ああ、一言喋るのさえ煩わしい。
「写真か動画か口止め用に撮ってんだろ。寄越せ」
「え、あの……」
一々ビクビクして行動が遅いこいつらに思わず舌打ちをする。
尻餅をついてる奴の顔面すれすれで壁をガン!と蹴った。
「ヒィッ!」
「早くしろ。手元に残してたらどうなるかわかってるよな」
「は、はい!」
すぐに一人の生徒が携帯ごと渡してきた。
「ばか、なに渡してんだよ!」
証拠を出したことに焦ってるんだろう。
一人が咄嗟に俺から携帯をとろうと手を伸ばして来たが、足を蹴ると簡単に転んで足元に転がる。
見上げたそいつを冷たく見下ろすと、まるで化け物でも見るような顔で俺を見ていた。
そのまま、なにも言わず部屋を出て早足に保健室に戻った。
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