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小さな体
結局、アンジェリーのスプーンは半分くらいでとまった。
俺の手前、もう食べれないとか、残したいとか言えないんだろう。
あきらかに速度を落とし、ちまちまと食べている。
さっき、これくらいは完食させようと思ったばかりだけど、たまに口元押さえてるし、吐きそうなのかも。
だとしてとも、こいつは言わないんだろうなぁと、小さくため息をついた。
「ほら、吐きそうなら無理すんなって。また食べれそうな時に食えよ」
ひょいっと器を取ると、アンジェリーがびっくりしたように顔をあげる。
「え、食べれるよ」
「うそつけ」
「……せっかくせんせーが作ってくれたのにー」
「吐かれる方が迷惑だっての。ほら、薬のんで寝ろ。まだ朝にもなってねんだから」
アンジェリーは少し考えたように黙って、それから困ったように笑った。
「ごめんね。あとで食べるねー。そのお茶碗洗うね、キッチン借りていい?」
こいつは寝てろっていう言葉を本当に知らないのかと言いたくなる。
「何回同じこと言わせれば気が済むんだよ。寝てろって」
「あ」
そうだった、と言うような顔をして、申し訳なさそうに「ごめんね、ありがと」と小さく微笑んだ。
それから、きょろきょろと回りを見渡しだした。
「ねぇ、せんせー。今何時?」
「夜中の一時くらい。お前まだ全然寝てないから。土曜日だし、朝熱がある程度下がってたら送ってやるからもう寝ろ」
「そうなの。なんかもう丸一日くらい寝た気でいたー」
寝たら直ぐにうなされて覚えてるか知らねぇけど浅くて短い睡眠を繰り返してたから、体は全然回復してないだろうが今は薬も効いて少しはましになってるんだろう。
「せんせー、わがままいっていい?」
小さい頭をこてんと傾ける。
「なんだよ」
「お風呂、入りたい」
ああ、そりゃそうだろう。
少し気まずい気持ちになる。
本来ならこんな高熱で風呂になんて入れれるはずないけど、本人からしたら直ぐにでも入りたいと思うのが普通だ。
一応体は温めたおしぼりでで軽く拭いてやったけど、多分中に出されるし、出さなきゃあとが大変だ。
「だめー?」
アンジェリーが俺の顔色を伺うように覗きこんでくる。
正直少し迷う。今は元気そうとはいえ、さっき倒れそうになってたし。
「シャワーだけにしとけよ」
そう答えると、アンジェリーはありがとうと、嬉しそうに笑って立ち上がった。
「……………っ」
瞬間、床に倒れこみそうになるのを、片手で受け止めた。
しまった、という顔でオレを見上げるアンジェリーを冷ややかに見下ろす。
「やっぱフラフラじゃねぇか」
「足がもつれただけだよー」
「風呂はやっぱりやめとけ」
「え、やだ」
気持ちはわかる。
わかるが、風呂場で倒れて頭でもぶつけたら大惨事だ。
また少し悩んで、仕方なくアンジェリーを片手で抱き上げた。
「わ、な、なに…っ」
「めんどくせぇ。俺がさっさといれてすませる」
『は!?やだ!おろして!』
『暴れんな』
暴れたところで、身長差は20㎝くらいあるし、ガリガリだし、小さいわ軽いわで大した抵抗にもなってない。
抵抗するアンジェリーを片手で抱いたまま、風呂場のドアをあけ、シャワーを捻る。
「服着たまま洗ってやるよ。それなら見えねーしいいだろ」
「よくないよ!せんせ、おろして!おねがいっ」
「俺星の数ほど女抱いてきたし、なんとも思わねぇから」
「そーゆー問題じゃないよっ恥ずかしいし………オレ、汚いから………さわらないで……」
だんだん声が小さくなっていって、最後の言葉は消えそうだった。
ばかか、こいつは。
「汚いのはお前じゃなくて、あいつらだろ」
ゆっくりとイスに降ろすと、温度を確認して頭からシャワーをかける。
「う…………」
暴れて疲れたのか、諦めたのか、抵抗はさっきほどしない。
「頭から洗うぞ。目、閉じろよ」
「………はい」
顔を赤くして素直に目を閉じた。
袖をまくり、シャンプーを少し手にとって、しっかり濡れたアンジェリーの頭に指を通した。
細くて柔らかい髪はすぐに泡立ち、小さな頭はすぐに洗い終わった。
やっぱり、こいつの髪気持ちいい。
「流すぞ」
「ん」
アンジェリーの顎を少しあげて目に当たらないように泡を水で流すと、次はコンディショナーを手に取った。
「せんせー、美容師さん向いてるかもねー。きもちいー」
「やだよ、めんどくせぇ」
そんなこと、はじめて言われた。
まぁ、人の髪を洗うのも初めてだけど。
するすると濡れた髪をコンディショナーをつけた指が通り、必要なかったんじゃないかと思うほど、一度も指が絡まることなく終わった。
「流すから、目閉じろよ」
「はい」
まだ、頭を洗っただけなのに、やっぱり相当体調が悪いのを隠してたんだろう、はぁ、とたまに辛そうに息をはいて、とろんとぼやけた顔で力なく座り、されるがままになっていた。
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