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俺のもの

上で、ちいさくため息が聞こえる。 ああ、見限られたんだと、理解すると同時に喉がやけつくように痛くて、息がつまった。 「…………もういい」 せんせーが低い声でそう言ったのが頭に重く響いた。 無意識に、オレもこの痛みを吐き出すように深く一度、ため息をついていた。 顔があげれない。 せんせーの冷たい表情なんてみたくないし、今のオレの顔だってきっと見れたもんじゃないんだろう。 「もういいよ。わかった」 せんせーの表情の読めない声がもう一度聞こえ、気が付いたらまた抱き寄せられた。 一晩中オレに安心感を与えてくれた腕のなかに何故かオレはいて、その暖かさに涙が溢れた。 「……なんで、抱き締めるの」 情けなく、涙声になってしまったから。オレが泣いてるのはせんせーにバレてしまっただろう。 ああ、もうやだ。見られたくないのに。 「お前はどうしたって甘えないんだろ。それはもう十分わかった。お前が甘えるのを促すのはやめる。勝手に守られてろ」 穏やかな声で言われた言葉に、余計に涙が止まらなくてボロボロと次から次へと流れる。 どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。 嫌われた方がいいって思ったのに。 軽蔑されることを言ったのに。 この大きい腕のなかはそんなことをまるで無かったかのように暖かく体を包み込んでくれた。 ふっとせんせーの笑う声が聞こえる。 「お前ってほんと猫みたいだよな」 「なに……っそれ……」 「甘えたふりは上手にやるくせに、実際全然甘えもしねぇし、弱いくせに強がりなとこがそっくり」 「……………意味わかんない…」 「いいだろ。俺、猫好きだし」 好きだなんて、言わないで。 オレのことじゃないってわかってても、胸を締め付けられる。 抱き締められたまま頭を撫でられ、まるで本当に小さな動物をあやすみたいだと思う。 その優しい手をもう払える強さはなくて、いつの間にか、ただ身を任せていた。

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