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俺のもの
電話を切ると、アンジェリーが不安そうに見上げていた。
「学校にまた来るって言ってるしとりあえず大丈夫だろ」
「よかった……」
はーっと緊張を解いて深く息を吐く背中をぽんぽんと撫でてやる。ああ、こんな細い体で何を守れると過信しているんだか。
「ほら、まだ終わってないだろ。あいつらに電話するけど、会話きくの辛かったらここでテレビ見てろよ。別の部屋で話つけてくる」
アンジェリーの肩がぴくっと微かに揺れる。
なぁ、もうそれきついってことにしてよくね?
態度も言葉も強がるんだからさ。
「えっと。話を聞けた方が安心できるから、横にいていい?」
強がるのは無駄だと思ったのか、この言い方。
こっちが頭痛くなるんだけど。
「はぁ……じゃ、かけるぞ」
あいつらから奪った携帯から、昨日から鳴りっぱなしの不在着信からあいつらの名前の1人であることをを確認して電話をかけた。
昨日あれだけ脅したし、今日は土曜日。
多分4人一緒にいるだろ。
何コールかして、かなり待ってからやっと「…はい」と、張り詰めたような声で電話が繋がった。
「月城だけど。お前ら四人一緒?」
「…………はい」
「昨日のことだけど。どうすんの」
「…………すみませんでした」
「すみませんでしたじゃなくて。どうすんの。アンジェリーかなり怒って裁判起こすって言ってるけど」
ハッタリをかましたら、電話越しに息を飲むのが聞こえる。
さて、どうするかな。
「………………もう、折山にもあのイギリス人にも関わらないんで、勘弁してください」
イギリス人?
名前も知らないで襲ったのかよ。
イライラと頭に血がのぼっていく。
ほんと、きれいな顔なんていいことばかりじゃない。
「さぁな。それ決めるの俺じゃねぇし。ああ、お前らが撮ったムービーな。よく撮れてんじゃん。俺のパソコンに送っといたから」
無意識に手に取っていたタバコにカチッと火をつけて一服しても、苛立ちは収まらない。
服を引かれ、視線を落とすと、アンジェリーが自分のケータイの画面を俺に見せてきていた。
───もういいよ。累くんに関わらないって言ってるなら。その辺にしてあげて。証拠あるし、もうなにもしてこないでしょ。
またイラっとする。こいつは自分がなにされたかわかってんのか。なにが累くんに、だよ。
こいつの肌にあいつらが触れたことも、中にも入れたことも許せない。
今まで付き合った女が誰といようが、誰に抱かれようが、どうでもよかったのに、なんだこれ。
「───まぁ、アンジェリーの気分次第だろ。本来なら退学はおろか警察事件だからな。アンジェリーにも折山にも謝罪なんていらねぇらしいから関わるな。視界にも入るな。そしたら、高卒くらいできるんじゃねぇの」
苛立ちを吐き出すように言い捨てると、アンジェリーが不安そうな顔で見上げてくる。
お前に怒ってるんじゃねぇよ。
電話中で口には出せないから、代わりに抱き寄せて、頭をなでると、服をきゅっと握られた。
アンジェリーを安心させようと思って撫でたのに、不思議と俺の気持ちが落ち着いていく。
「……………もう、絶対関わりません。本当にすみませんでした」
本当に苦しそうな声で唸るように謝られ、ふうっとタバコの煙を吐き出す。
この分なら心配はなさそうだ。
「ああ。俺の手元に証拠が残ってることわすれないようにな。それと俺に見つかったからやばいんじゃない。四人でバカみたいにつるんでないで一人一人自分の頭でよく考えろよ」
「…………っはい」
「この携帯は職員室の落とし物入れにいれとくから、他の教師に言って受けとれ」
「はい………。本当にすみませんでした」
「ああ」
電話を切ると、アンジェリーがぎゅーっと俺の服に顔をうずめた。
ああ、怖かったんだろうなって背中をさする。こんな小さな体1つくらい、いつでも簡単に守ってやれるのに。
「…………せんせーの」
ポツリと俺の服に顔をうずめたままのアンジェリーが呟いた。
「………人の、弱いとこや汚いとこごと全部受け止めてくれる優しさところが好き」
「優しいってことも、言われた覚えねぇな」
「どこまでも甘やかしてくれる大きい手が、好き」
「いきなりどうしたの。お前」
半笑いでアンジェリーの髪に手を伸ばそうとすると、目に涙をためて、アンジェリーが俺を見上げた。
「せんせーが…………すき………っ。だいすき…………」
それは、いつもの軽い感じの好きとは違い、ガラス玉のような透き通った瞳にまっすぐ俺が映っていた。
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