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バイト仲間
きっと、バチが当たったんだと思う。
最近のオレはせんせーに頼りすぎていたから。とくに昨日は名前まで呼んでもらえて、家に泊まって、せんせーの優しさにどこまでも甘えてしまったから、神様とか仏様とか、運命とか、そんななにかが怒ったのかなぁとかバカなことを思いながら皮肉な笑いが溢れた。
少しずつ不自然に見えない程度にせんせーとは距離をとらないと。
せんせーの優しさに甘えすぎていてはだめだってわかっていた。
せんせーも、オレが離れていったらめんどくさい奴がいなくなってラッキーだと思うだろうし。
オレに居場所をくれた幼馴染みを傷付けてまで自分のわがままを通す訳にはいかないしね。
携帯のアドレス帳には昨日「なんか厄介なことがあったら、めんどくせぇことになる前に連絡しろ」とぶっきらぼうに教えてもらった連絡先がひとつ。
あんなに教えてもらった時は嬉しかったのに今は少し切ない。
「お前でもため息つくことあんだな」
「ぅわっ」
突然誰かに、肩に手を回されてびくっと跳ね上がった。
振り向くと、いつもはギリギリに出勤する光邦さんだった。
「あはは。光邦さんかー。びっくりしたじゃないですかー」
「いやすぐ声かけようとしたんだけどさ、お前なんか暗い雰囲気だったから珍しいなーって見てたんだわ。どうしたよ?悩みごとならおにーさんが聞いてやろうか?」
少年のような笑顔でいつも気さくに話しかけてくれる光邦さんは兄貴気質だ。
「いやー、今日土曜日だから忙しいかなって考えてただけですよー」
「じゃあそんな忙しい今日を乗りきったら優しいおにーさんが帰りにラーメンおごってやるよ」
「えー!いいんですかー。やったーいつもの3倍頑張って働くー」
「おー。俺の分まで頑張って働いてくれ」
ツーブロックの茶髪をワックスで軽くかきあげながらニッと笑う光邦さんを見て、こんなお兄さんが本当にいたらいいのにと思う。
お客さんから、この店の従業員は顔で採ってるのか?って言われるくらいみんな美形揃いで、だから光邦さんも顔はもちろんのこと、身長までスラッと高くて、細身なのに着替えるときに見える筋肉は割りとしっかり引き締まっててスタイルもいいし、性格も申し分ない。
それなのに彼女がいないらしいから不思議だ。
「あー、暁!おはよー」
更衣室に入ってきた暁さんに、光邦さんが笑って手をあげる。
暁さんは目を合わせないで「………おはよ」と小さく言うと、さっさと自分のロッカーに向かってしまった。
「暁さん、おはようございまーす」
「おはよ。昨日、休みだったでしょ?ルリ目当てのお客さん来てたよ」
暁さんは元から静かな雰囲気で口数も少ないけど、光邦さんにはやっぱり他の人より冷たくしてるように見える。
ふたりは幼馴染みのはずなのに。
「えー?だれですか?」
「………ほら、あの、毛が薄くて、バーコードみたいな髪の」
「バーコードってお前な。鈴木さんだろ」
吹き出して笑う光邦さんに吊られて、オレも笑ってしまう。
暁さんはクスリともしないで「その人」と短く答えるだけだった。
「あーきら、俺ら仕事終わったらラーメン行くけどお前もいく?」
「いかない。手どけて」
光邦さんが、さっきオレにやったみたいに暁さんの肩に手を回すも、やっぱり相手にされない。
気にした様子もなく光邦さんは笑うだけだった。
暁さんは、まさしく日本美人といった中性的な顔立ちで長いまつげに色白の肌、男にしては長めの黒髪を片耳にかけて、男のオレが言うのもおかしいけどすごく色気がある人だ。
身長はそんなに高くないけど、お店でも光邦さんに負けず劣らず人気だ。
もっと笑ったらいいのに、と思ってしまう。
「えー、暁さんもラーメン行きましょうよー。光邦さんがおごってくれるらしいですよー」
「そうだぞ、暁。お前ほっそいんだから食えよ」
「俺はいいから」
めんどくさそうに言われても光邦さんは怯まず笑って暁さんに話を降り続けるのはいつもの光景。
「俺ら三人よくシフト被るんだしそろそろ親睦会みたいなのしたいだろ?」
「俺はいいっての。ルリと行ってこいよ」
「オレも暁さんと行きたいですよー」
「……今度ね」
「おい!ルリと俺の扱いの差はなんだよ」
「だって光邦って、なんかもうほんとうにウザいから話すのも疲れる」
「あははは!光邦さん言われてるよー」
最初こそはオレ暁さんに嫌われてるのかな?って思ってたけど、長く一緒にいるようになって暁さんはどんどん打ち解けてくれるのがわかる。
オレが笑うと、たまに暁さんも静かに微笑むから普段見れないレアな顔にドキッとしてしまう。
「てかルリ、俺ら二つしか年変わらねーし、敬語やめろよ。堅苦しい」
「えー?いいんですかー?」
「当たり前だろ。もはや俺らの弟みたいなもんなんだから。な、暁?」
「………好きにしなよ」
オレは二十歳って嘘ついてるから、本当は5歳差なんだけどね。
そんな風に言われると、本当に兄弟ができたみたいで嬉しい。
「じゃあお言葉に甘えちゃうー」
「おー。………んで、暁、親睦を深めるために三人で今日ラーメ」
「行かないって言ってるだろ」
そんな二人の仲がいいのか悪いのかわからないやり取りにまた笑わせてもらってるうちにあっという間に開店時間になっていた。
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