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バイト仲間
その日は、土曜日ということあって予想通りの忙しさだったけど、夜中の4時を回ると店内も落ち着きだしていた。
店長である草薙さんは相変わらず色んなお客さんに挨拶して回っていたけど、店も5時までの営業だし、フードのラストオーダーも終わって、のんびりグラスを拭いていると、暁さんが追加の洗い物を持ってきた。
「これ、追加。ずっと洗い物してたら腰痛いだろ。変わるよ」
「大丈夫だよー。ありがとー」
「………疲れたら言えよ」
「え、あきちゃんやさしー」
「だれがあきちゃんだ」
「光邦さんが昔そう呼ばれてたって教えてくれたのー」
「あいつぶっ殺す」
やっぱり暁さんはなんだかんだ言って優しい。今も断ったのに洗ったグラスを横で拭き始めてくれるし。
始めこそは、取っ付きにくい人だなって思ってたけど。本当はだれより新人のオレを気にかけてくれていたんだと後々気づいた。
「ルリ、今日元気ないよね」
いきなり暁さんに静かな声でそう言われドキッとグラスを洗う手を止めてしまった。
「そうかなー?」
へらりと笑ってなんでもないようにまたスポンジに洗剤を足して手を動かした。
「………そうやって、お前みたいにへらへらしてる奴らが一番色々抱えてそうで、たまに怖いよ。俺に言えないなら、あのバカにでもいいからちゃんとだれかに相談しろよ」
あのバカというのは、多分光邦さんのことだろう。なんだかんだいって信用してるんだ。
「オレ、なんか態度に出てたー?」
「わかりやすく態度に出してほしいくらいだよ。お前の場合は」
暁さんが、綺麗な顔で悲しそうに笑う。
その表情があんまりにも切なくて、オレまで胸を締め付けられる。
"お前みたいにへらへらしてる奴らが一番色々抱えてそうで"
そう言ったのは、きっと誰かにオレを重ねてるんだろう。
「友達と喧嘩しちゃったんだよね」
暁さんがあんまりにも悲しそうにオレを見るからつい今日あったことを口にしていた。
「へぇ。ルリはなんでもいいよいいよって笑うだけだから、喧嘩とかに発展しなさそうだけど」
「喧嘩ってほど喧嘩でもないんだけど。オレが無神経だったんだよねー」
へらりと笑うと、暁さんが手についた水をオレに向かって飛ばす。
「つめたっ」
「お前みたいなやつは、なんでも自分が悪かったーだよな。俺はその友達のこと知らないし、愚痴くらい言っていいと思うけど」
「あきちゃんやさしいー。でも本当にオレが悪かったわけだし、オレ、そいつのこと大好きだからさー。そいつ追っかけて日本まできたくらいだし」
「きも」
「あはは。ひどいー」
「まぁ、何があったか詳しく話したくないみたいだから聞かないけど、あんま溜め込むなよ」
綺麗な声が優しく響いて、ジンと体が震える。
「おーい。三番と四番カウンター帰ったから閉店作業すっぞー。どっちか一人こっちこい」
ありがとうと言おうとしたけど光邦さんがひょっこり現れて、その話は終わってしまった。
「なに?閉店作業くらい光邦一人でやれば?」
「お前鬼か!まだ六番カウンターと、二番テーブルに客いるから、外で閉店作業するのと六番の相手するのとどっちがいい?」
「外」
「はいザンネンー。さっきまで俺が六番相手にしてたから今度はお前が相手にする番でーす。俺が外の作業でーす」
「ウザ。なら聞くなよ」
「ははっ!そんな汚い言葉どこで覚えてきたんだよ。昔はみっちゃんみっちゃんって俺の後ろついて回って可愛かったのになぁ?」
「キモっ。もう口開くなよ不愉快だから」
ウザとかキモとか散々言われながらも光邦さんはけらけら笑って暁さんを連れていった。
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