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バイト仲間
それから30分ほどで最後のお客さんは帰り、バイトが終わった。
暁さんは予定があるからとさっさと帰ってしまい、光邦さんと二人でラーメン屋に向かった。
塩ラーメンのオレと、豚骨ラーメン大盛りに餃子とチャーハンをつけてる光邦さん。
この人細身なのに一体どこにこんな量を詰め込むつもりなんだろう。
「あー、あとビールも飲んじゃお。お前も飲む?」
「オレはいいやー」
「そ?俺の奢りなんだし遠慮すんなよ」
本当は未成年だから飲めないんだけどね。
ビールがほんの3分ほどで届けられ、光邦さんがそれを半分ほど一気に飲み干した。
「っあー!今日もよく働いた!俺!ほら、ルリもお疲れ!」
「お疲れ様ー」
光邦さんのジョッキと、オレのオレンジジュースがカチンとぶつかり、なんかこういうのいいなってほっこりする。
「…で?今日なんか元気ないみたいだけど、どうしたよ?」
「えー?それ暁さんにも言われたー。そんなにオレ態度に出てたー?」
感情が表に出る方じゃないって思ってたけど、なんだか今日はおかしい。
ゆーいちのことは、自分が思った以上にショックだったようだ。
「あいつが?…………へぇ」
光邦さんが目をそらしてビールを飲むと、すぐ空になってしまったジョッキを置いてまたすぐビールを頼んでいた。
「光邦さんと暁さんって幼馴染みなんだよねー?昔話とかききたーい」
「お前話そらしただろ」
けらけらと笑いながら光邦さんに頭をわしゃわしゃ撫でられた。
それからふっと穏やかに笑う。
「お前と暁ってさ、どことなく似てんだよな。性格が」
「え?そう?」
意外な言葉に思わず首をかしげる。
似てないと思うけど。
「正反対なようで似てるんだよ。お前らは。ヘラヘラして人に弱味を見せないお前と、突っぱねて弱味を見せない暁はさ。だからほっとけない」
ほっとけないと言った光邦さんは、見たこともない表情をしていた。
苦笑というか、なんと言うか。
光邦さんも普段から笑ってる方だと思うけど、普段の笑顔とは違う慈しむような笑顔というか。
これじゃあ、まるで。
「光邦さんってもしかして暁さんのこと………」
「ん?好きだよ。見てたらわかるだろ」
さらりと答えた光邦さんに、ドキッとする。
男同士だとかそう言うの気にしないで、当たり前じゃんって態度がこの人らしいなって思う。
男らしくて、この人らしい。
「光邦さん、かっこいいね」
「ははっ!今更だろ。惚れんなよ」
オレが女で、せんせーに会う前だったら惚れてたかもなって思う。
光邦さんがお店でたくさん顧客がいることも頷ける。
「オレもね、好きな人男の人なんだよねー」
「お。仲間じゃん」
これだけあっさり自分の好きな人を話してくれる人にだから、オレも幼馴染みにすら言えなかった気持ちを口にした。
「でもねぇ、なんと言うかねぇ。オレがこの世で一番大切な幼馴染みもその人が好きみたいでねー」
「関係ないだろ。いけいけ。負けるな」
「いやー、今日釘刺されちゃったよ。俺もその人好きだから近付かないでほしいって」
「俺?幼馴染みも男かよ。ホモ密集地帯だな」
けらけらと笑いながら聞いてくれる光邦さんに肩の力が抜ける。
この人、普段よく喋るからわからなかったけど、聞き上手だ。
「で、お前は自分もその人が好きだと言えずに、はいわかりましたって引き下がったわけな」
「何でわかるのー」
「お前と似たような性格のやつ好きだから」
「うーん。たしかに暁さんも引き下がりそうだねー」
「俺別にそいつのことなんとも思ってないし好きにしたら?とか言うよな。あいつなら」
「あはは!いいそうー」
笑っていると、店員さんが「お待たせしました」と、ラーメンが2つと餃子とチャーハンを持ってきてくれた。
「麺が延びる前に食うか」
「だねー。てか、光邦さん大食いすぎだから!」
「お前が少食すぎんだよ。ほら餃子も食え」
いらない。と口を開こうとすると、その口に餃子を詰められ封じられた。
「あ、美味しい」
「だろー?ここ俺のイチオシ」
あまりの美味しさに呟くように言うと光邦さんがニッと笑う。
ラーメンとかはじめて食べたけど、本当に美味しい。
パスタより、好きかも。
ただ、啜って食べるのとかしたことがないから、周りから聞こえる音に戸惑ってしまうけど。
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「あー、くったー!」
ラーメン屋から出て財布をジーンズの尻ポケットにしまいながら、少年っぽく笑う光邦さんの後ろを歩く。
「光邦さん、さすがに本当におごってもらうのは悪いよー。うけとって?」
「いらねーって。俺お前より先輩だし、働いてる時間も長いしな。おごられとけ」
渡そうとした千円はどんなに食い下がっても受け取ってもらえず、仕方なく財布にしまった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ごちそうさまでした。美味しかったー。今度缶ジュースくらいは奢らせてね?」
「お前が俺くらい仕事できるようになったらな!」
あっさりこんなこと言っちゃうからやっぱり光邦さんはかっこいいと思う。
………せんせーの次くらいに。
「お前ん家どこだっけ?店から近いんだろ?」
「あ、うん。一丁目」
「まじ?俺ん家も一丁目なんだけど」
「そうなのー?光邦さんも一人暮らしだよねーマンション?」
「そうそう。ファーストフード店が並んである通りの一本裏」
「めっちゃ近いー。オレん家その通りから少し歩いたコンビニの近くだよー」
光邦さんの家はオレの家から徒歩5分ほどの距離らしい。
まぁ終電とっくにすぎる時間でバイトしてるんだし近くに住んでても不思議じゃないけど。
「お前今度泊まり来いよ。今日聞けなかった分まで悩み聞いてやるし」
「いいのー?たのしそー。暁さんも今度こそ絶対参加させようね」
「ルリから誘ったら来るだろ。あいつお前のこと気に入ってるし」
「オレ最初暁さんに嫌われてると思ってたよー」
「いやいやいやいや。どうみてもあいつが嫌ってるのは俺だろ」
「あぁ…たしかにねー」
「嘘でも否定しろよな」
笑いながら頭をくしゃくしゃされて、今日の夕方の重たかった気持ちが楽になっていく。
オレは、光邦さんみたいにこの人が好きだって堂々と言えない。
それはこの人が綺麗だからとか、オレが汚れてるからとかは関係なく。
もう性格の問題なのかもしれない。
オレは汚い上に、弱虫だ。
あの人のそばにいていいはずない。少なくともゆーいちに嫌な思いをさせてまでは。
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