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臨海学校

夏休み前の最後のイベント臨海学校が始まった。 二泊三日の泊まり込みで海で泳いだり、山に上ったりするらしく、みんなすごく気合が入ってる。 オレはあまり気乗りしない。それどころか直前まで本気でサボろうか考えるくらいだ。 せんせーの家に泊まってから、1ヶ月が過ぎていた。 あれから一度も保健室に行っていない。 あのあとすぐテスト期間に入ったし、あんなことがあったあとだし、離れるタイミングは不自然じゃなかったと思う。 『お前は俺のだろ』 ただ、今でもあの人の優しい声を思い出して泣きそうな気持ちになってしまう。 でもこれでいいんだ。せんせーの優しさにずるくつけ込む前に、頼りすぎてたオレはきっと離れるべきだったんだ。 そう決意したばかりなのに、臨海学校には当然、事故に備えてせんせーも来てるわけで。 どう言う顔であっていいのかわからなかった。 気温は余裕で30度を上回り、海にはしゃいで入っていく友達を尻目にオレはキャップを深くかぶって木陰でジュースを飲んでいた。 「ルリも来いよー!ダイブできる場所あるから!」 「いや、オレはいいよー。君らが溺れてもすぐ気付けるようにここから見てるー」 手を引かれたけれどやんわりと断った。 さっさと一日が終わればいいのに。 「なーにカッコつけてんだよ。泳げねーくせに」 隠していたかったことをさらりとゆーいちにばらされて、横目ににらむ。 「まじで!?イギリスって島国じゃねーの?」 ぶは!と笑い出す友人にいらっとする。島国の人間がみんな泳げるって偏見なに。 「ルリってさぁ、勉強できるしスポーツ万能だしニコニコして人当たりいいしなんでも出来るやつだと思ってたわ」 「いやいやいや。古典や日本史は俺より悪いし、なんでも器用にこなすように見せかけて、体力も筋力もないから長くやるスポーツとか力勝負はゴミ以下だし、ああ、あと結構めんどくさがりで腹黒だし、体弱くて昔はしょっちゅう倒れてたしこいつけっこー欠点だらけだぜ?ホラー系で未だに泣くし」 『ゆーいち、お前ぶっ飛ばすぞ』 「今笑顔でいった英語の意味は、ぶっ殺して埋めるぞって意味だし』 「そこまで言ってないよ!」 オレの欠点を次から次へと漏らす幼馴染みに思わず立ち上がって抗議すると、そのまま手を引かれた。 「ほら、男がこの歳で泳げないって恥ずかしいだろ。行くぞ!」 「あーもう!」 それでも、この昔から変わらない少年のような笑顔には弱くて仕方なく来ていたパーカーを脱ぎ捨てて海に向かった。 「あー、まてまて」 突然聞こえてきた声に後ろからくいっと体を引かれる。 「えっ」 その相手を見るゆーいちが一瞬で顔を赤くして、振り返らなくて声だけでもう相手が誰かわかってしまい、体が熱くなる。 「お前らはしゃぐのはいいけどな。白人は紫外線に弱いんだから上からなんか着させろ」 振り替えると、懐かしさすら感じるせんせーの姿だった。 サングラスをかけていて、表情はよく見えないけど、口元は笑っていてオレはなぜか無償に泣きたくなった。 こんなに近くで話すのは1ヶ月ぶりだ。 もちろん、廊下ですれ違ったりしたりもしたけど、軽い挨拶くらい。 「あー、せんせー。やっほー。累くんはー?」 咄嗟に笑えたけれど、震える指先はどうしようもなくて後ろに隠した。 「あぁ、日陰でかき氷食ってるよ。担任と」 「そうなのー?よろしくいっといてねー」    「月城先生!こいつ泳げないんだよ。俺と一緒に教えてやってよ」 ゆーいちが緊張したように顔を赤くして笑う。この表情の意味にもっと早く気付いていたら、こんなにせんせーに惹かれることなく、こんな切ない気持ちにならなかったのに。 「やだよ。せんせーいそがしーの」 「えー」 「ほら、リチェール。これ着ろ」 ゆーいちを軽くあしらい、来ていた白いTシャツを脱いでオレに被せた。 リチェールって久しぶりに呼ばれて、もう隠せないくらい顔が熱い。 背中の傷、見られたくないくせに。 「オレ大丈夫だよー?」 「いーから来てろ。白人の日焼けは火傷とかわんねーんだから。俺の仕事を増やすな」 「てか月城先生、ルリのことリチェールって呼んでたっけ?」 ゆーいちの鋭い言葉に、ぎくっとする。 でもせんせーは気にもしないで「さぁ?なんて呼んでたっけ?」と流してオレの頭をポンポンと撫でた。 ああ、これも懐かしい。大好きなせんせーの大きな掌。 「ほら、さっさと着ろチビ」 「わっ自分で着れるよー」 「貧血持ちは熱中症になりやすいんだら気を付けろよ。泳げないならなおさら俺の目の届く範囲にいろってことわすれてねぇよな?」   オレにTシャツを着せながら誰にも聞こえないように耳元で言われまた、心臓が速度を増した。

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