79 / 594

臨海学校

順番が回ってきて、懐中電灯を一人が持ちスタートした。 「折山ー、さっきからずっと喋んないけど大丈夫?」 歩き始めてすぐ、一人の生徒が俯いたままの折山に声をかけてきた。 声も出さず小さくうなずくだけの折山に、気を悪くした様子もなく「そっか!」と屈託なく笑う。 「気分悪くなったらいえよー。俺力あるから担ぐし」 へぇ。いいやつじゃん。 この調子で折山をクラスに馴染ませていってほしい。 「あ、てか俺うざくない?大丈夫?」 焦ったように笑うそいつに折山がどうしていいのかわからないような表情で首を降る。 なんだか、見ていて微笑ましい。 「てか、先生さ!彼女いないの?」 一人の生徒が列よりも数歩前に出た。 つーか、臨海学校で恋バナって女子かよ、とあきれて笑いがこぼれる。 「今も続いてるのは5人くらいだな」 「え!?そんなに!?」 「冗談に決まってんだろ」 「いやいやいや、先生の顔だと女が10人いるっていっても頷けるから」 下らない話で鼻で笑える位には盛り上がり、折り返し地点についた頃、ポケットの中で携帯が振動した。 生徒が怪我でもしたのかと急いで取り出すと、一ヶ月前にアドレスを交換したきり一度も連絡を取ってないリチェールからの着信だった。 めずらしい。 よっぽどのことがあったのかと、一瞬で背中に冷たいものが走る。 「どうした」 『わ、電話とるの早いね』 聞こえてきた声は落ち着いてて、ほっと息をつく。 折山が不安そうに俺を見上げるけど、あいつらと先に行けと、手で合図をすると、空気を読んだ生徒が折山を引いて先に歩き出してくれた。 「なにかあったのか」 「うーん。実はね?大したことじゃないんだけど」 言いづらそうに言葉を濁すリチェールにさっさと言えと催促する。 「さっきさぁ、肝試し始まってすぐ一人の生徒に大事な話があるから二人でこの肝試し行ってくれないかって言われて、オレのグループの奴らもいいじゃんいいじゃん行ってこいよって面白がられちゃって」 どう見てもそれ告白だろ。と、イラっとする。 それ俺に聞かしてどうしたいわけ。 「それで?」 「それで、他のグループと鉢合わせしないようにコースから外れたとこ行っちゃったんだけど、オレ足滑らせてなんか崖から落ちたっぽいんだよね」 「は!?」 「あ、崖っていっても、2、3メートルくらいのね!怪我とかも全然ないし!でも自力で登るのはちょっと難しいかなーって感じなのー」 俺が声を荒げると、焦ったように早口にしゃべる。 とりあえずは無事みたいだけど、こいつの運のなさは異常だと思う。 神とか仏とか信じてねぇけど、今度厄払いにでも行ってこいよと本気で考えてしまう。 大方、告白されてフって逆上されて落とされたんだろう。 そんなクソヤローでも庇うようなやつだよな、こいつは。 苛立ちと、少しの焦りで鈍った頭を回転させようとタバコにくわえた。 「せんせー?あのね。オレ自分がどの辺にいるか分かるから、全然大丈夫だよー? あはは。ごめんねー。怒ってるよねー?」 「怒ってねぇよ。 で。今どの辺りにいんだよ」 「えーっとね。スタートして10分くらい歩いたとこにある右に大きくカーブ道をそのまま直進して3分くらい歩いたとこ」 頭の中で道を思い出す。 少し早めに歩けば15分でつく場所だった。 とりあえず、一旦電話を切って他の教師に現状を伝えて一番近くにいる教師に行かせるのがベストだろう。 「すぐスタート地点の教員に連絡するから一旦切って待ってろ」 頭の中で整理してると、リチェールのか細い声が聞こえた。 「あ?何かいったか?」 あまりに声が小さく聞きとれず、聞き返した。 「……オレは、月城せんせーに迎えに来てほしいです」 恥ずかしいのかやっぱり声は小さい。 普段自分からは絶対頼ろうとしないこいつがこんなことを言うのは意外で、こんな状況なのに小さく笑が込み上げる。 「てかお前教師に黙って勝手なことしやがって自業自得だろ」 「あとでちゃんと怒られるからー。お願い」 なにがお願いだよ。 男がいってもかわいくねーっての。 そう思うのに、気づけば早足にリチェールのいる場所に向かってしまう。 「大体、一人になるなって言っただろ。俺の命令に背きやがって当然の報いだ」 「えー?でもさー俺のそば離れるなっていったせんせーが他の生徒にちやほやされて楽しそうにしてるから近づけなかったんだよー?」 「嫉妬かよ。めんどくせぇな」 「嫉妬ですよー。好きだもん」 心なしか、昼間話した時よりどこか吹っ切れたような声をしていた。 会話しながらも、15分はかかると思っていた場所に10分程でついてしまったあたり、それなりに心配はしてたんだろう。 最近、自分の感情がよくわからない。 「ほら、帰るぞ。チビ」 崖を覗きこめば、うつむいた金髪の少年が嬉しそうに顔を赤くして笑う。 「着くの早いねー。もしかして心配してくれたのー?」 「するか。ばーか」 ただ、その笑顔を見ると抱き締めたくなる想いだけは本当になんとかしてほしい。

ともだちにシェアしよう!