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臨海学校
崖の深さは三メートル程で、手を伸ばせばなんとか届く距離だった。
リチェールが立ち上がって微かに顔をしかめる。
「足、怪我してんのか?」
「ううん、大丈夫。
てかせんせー。ロープとか木にくくりつけて投げてくれたら自分で登れるよー?」
「持ってるわけねぇだろ」
「せんせーまで落ちたら危ないじゃん」
「ごちゃごちゃめんどくせぇな。早く捕まれチビ」
ここまで言っても、しつこく不安そうな顔しやがって。
「でも、オレ重いよー?」
「鏡見て物言えよ」
「……危ないって思ったらすぐ手、放してね」
ようやく伸ばしてきた手を掴むと、夏だと言うのに冷たくて、女のように細かった。
少し力をいれたら折れてしまいそうだ。
「力いれろよ。引き上げるぞ」
「はいっ」
細い腕を引き上げる。
重くはないけど、どこをどう怪我してるのかわからなくて乱暴に引き上げることも出来ず時間はかかったけど、なんとか無事リチェールを抱き止めた。
「せんせー、ありがとー。男1人引き上げるなんてすごいねぇ。ゴリラみたーい」
腕の中で荒く呼吸を繰り返しながらリチェールが笑って見上げる。
「だれがゴリラだ。ほら、足見せろ」
大丈夫だと繰り返すリチェールを押さえて裾をあげると、案の定足首が赤く腫れていた。
なにが大丈夫だよ。
動かせたことを考えると骨に異常ないんだろうけど、歩くのはさすがに痛そうだった。
「お前さぁ、いい加減怒るぞ。俺も」
「迷惑かけてごめんなさい」
低い声でため息をつくと、しゅんと悲しそうに俯く。
いい加減、なんで気づかねぇかな。
こーゆーのを隠そうとするから怒ってんだっての。
「他のやつに助け求めてたらもっと怒ってた。まぁ俺に電話しただけ偉い方かもな」
わしゃわしゃと頭を撫でてやると、驚いたように顔を赤くする。
「ほら、帰るぞ。乗れ」
背負ってやろうと屈むと、素直に乗らないだろうと思っていたリチェールは案外すんなり背中に体を乗せてきた。
「せんせーは本当に優しいね。えへへ。足痛くてたまらないからせんせーひとりじめー」
ぎゅっとオレの背中に顔を埋める。
「うぜー」と鼻で笑ってやったけど、もうどうしようもないくらい、この男の子をかわいいと思ってしまっていた。
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