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臨海学校

リチェールside 肝試しがはじまるとせんせーを想う1人の生徒に呼び出された。 海で溺れて、オレが助けられたことが気に食わなかったらしい。 「お前さ、月城先生のなんなの。ちょっと目にかかられてるからって調子乗るなよ。あの人が贔屓してるのはお前が海外から来た問題児だからだ」 そんなこと、百も承知だ。 ちゃんと忘れるから、放っておいてほしい。 「わかってる。別にオレはせんせーと付き合いたいとか思ってない」 ただ、好きなだけで。 そう付け足すことも出来ずに目を逸らす。 「じゃあ、中途半端に引っ掻き回さないで、嫌われようとくらいしろよ」 オレの煮え切らない態度に苛立っだように胸ぐらを掴まれる。 腹立ってきた。 なんで、初対面のこの人にこんなこと言われなきゃいけないの? 「俺は!!!」 胸ぐらを掴む手を放せよと掴もうとすると、きつめの口調でさえぎられる。 「お前なんかが転校してくる前から何回も好きだって伝えてる!付き合って欲しいって!!本気なんだよ!!保健室のサボり姫なんて噂立てられるほどひっついて回って!俺以外にも何回も告白して振られてる奴が何人もいる中でお前みたいな、そんなつもりないんですって態度でのうのうと引っ掻き回す奴が一番腹立つ!」 まるで泣きそうな顔で言われ、胸に鋭く突き刺さった。 ……その通りだ。 一方的に好きだと騒いで、優しさをもらうだけもらって、オレ自身に問題があるから突き放すことすらしないせんせーの優しさにつけ込んでる。 でも、オレだって本気で、本当に、好きなんだ。 あの人を想う気持ちだけは誰にも負けない。 それなのに、ゆーいちの顔が浮かんで言い返すことすらできない。 思わず拳を握り締める。 ゆーいちを傷付けたくないから言えないんじゃない。 ゆーいちに嫌われたくないから、言えないんだ。 オレは卑怯なほど自分を守ってばかりだ。 「……言われっぱなしかよ。ならもう金輪際、先生に関わるな」 せんせーを好きだからこそここまではっきり、的外れな主張をしてくるこの人を、羨ましいとさえ思う。 いい奴でいようと必死なオレより、ずっと真っ直ぐにせんせーに気持ちを伝えてきたんだろう。 この人は、傷つく覚悟をしてせんせーに向き合ってるんだ。 オレは、いっそこの想いを手放すべきなのかもしれない。 …………でも。 せんせーの優しい腕の中を思い出して、顔を上げた。 せんせーが背中の顔を話してくれた時、あの人は自身の知られたくない過去を人と寄り添うために打ち明けてくれた。 汚いオレの体に触れて悪者になってまで、オレの気持ちを引き出してくれた。 俺のものとか、命令とか言いながらそんなセリフはいつも面倒ごとを背負おうとしてくれてる時。 あんなにも優しい人に、オレは感謝も想いも伝えられなくなるなんて。 「ごめん。オレも本気でせんせーが好きだから、譲れない」 ____みんな、傷つきながら人と向き合ってるんだ。 あの優しいゆーいちがせんせーに近づかないで欲しいと言った時、どんな気持ちだったかちゃんと考えれてなかった。 オレもさ、全部の気持ち向き合って、ちゃんと傷付くよ。 「は……?付き合う気ないんだろ?」 苛立ったように掴まれた胸ぐらを引き寄せられ、その手を掴んだ。 「悪いけど、訂正する。ごめんね」 「お前マジでなんなの?コロコロ言うこと変えやがって!」 カッとした表情で突き飛ばされそうになり咄嗟に横に避ける。 相手は勢い余って何かに躓き、そのままふらついて、と、と、と、と数歩よろける。 その姿に喧嘩とかしたことないタイプだったんだなって見てわかった。 それでもマンツーマンでで呼び出すなんて、すごい勇気だと思った。 「うわ、わ!?」 暗くてよく見えなかったけど、そのまま倒れ込みそうになる先には地面はなく、頭で考えるより先に体が動いた。 相手の腕を掴み、力一杯引き寄せる。 相手は咄嗟に体を反転させた。 おい!と言いかける前に、体に浮遊感が走りゾワっとしたすぐ体に衝撃が響いた。 「お、おい!大丈夫か!?」 見上げると、心配そうな顔で覗き込んでくる相手の姿。 まぁ、多分オレの方が運動神経いいし、落ちたのがオレで良かったよね。 「大丈夫〜。ていうか運動神経ないなら手ェ出してこないでよ」 オレの無事を確認すると、ほっと息をついて、またあたふたし始めた。 「とりあえず、君は普通に戻りなよ。この事は内緒でさ。オレは自分でなんとかするしー。ここコースから外れちゃってるし、一緒にいることばれたらヤバイでしょ」 そう言うと、相手は複雑そうな顔をして離れて行った。 1人になって、これからのことを考えると、思わずため息をついてしまう。 気を引き締め、3メートルほどの崖をどう登ろうかルートを考えながら立ち上がろうとした時、ズキっと足に鋭い痛みが走った。 「マジかよ……最悪…」 つい、舌打ちが出てしまう。 それから少し考えて、スマホを取り出した。 オレがこういう問題につけ込んでせんせーを頼るのは最後にするから。

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