82 / 594

臨海学校

_________ やっと下山すると、先についてたゆーいちと学年主任の先生が焦って駆け寄ってきた。 「月城先生!その生徒どうしたんですか!」 「あー、なんか途中で足捻ったみたいなんで抱えてきました。大丈夫ですよ、大した怪我じゃないみたいなんで」 「保護者に連絡は…」 「いれなくて大丈夫です。問題になるような怪我はないんで。とりあえず宿にもどって怪我の手当てがしてきます」 コースから外れたオレをあっさり嘘をついて庇ってくれた。 学年主任の先生と目があったので「すみません」と軽く頭を下げると「いや、大事に至ってないならいいんだよ」と笑顔で答えてくれた。 「ルリ、大丈夫かよ?俺ついてくよ!」   すたすた歩くせんせーのあとをゆーいちが小走りでついてきた。 ああ、背負ってもらってるとこ、ゆーいちにみられたくなかったな。と思ってしまうオレはやっぱりずるい。 これからは、向き合わなきゃいけないんだ。 「大丈夫だよー。あとでゆーいちに大切な話があるから、宿舎でまってて?」 気まずくならないように笑うと、察したようにゆーいちがうなずく。 その悲しそうな表情にまた胸がいたんだけど、もうオレはこの人を好きな気持ちを我慢できない。 救護室につくと、すでに累くんがいて怯えたような表情でベットの隅で縮こまっていた。 「折山、あいつらとちゃんと戻ってこれたのか。悪かったな」 「………………いえ。あ、あの。電話、ルリくんからだった、の………?」 悲しそうな声でせんせーを累くんが見上げる。 そっか、累くん、参加してたんだ。 せんせーと参加するならって勇気を出したんだろう。 申し訳ない気持ちが込み上げていたたまれない。 「累くん久しぶり。 ごめんね。足、怪我して動けなくなっちゃって」 話しかけてみるとふいっと顔を背けられてしまった。 「ううん…………。 ねぇ、月城先生。今晩も怖いからここで先生と寝ていい?」 その言葉が胸に刺さるようだった。 そっか、累くん臨海学校の間ここでせんせーと寝てたんだ。 オレの時みたいに、ひとつのベットで腕枕してもらったりしたのかな。 「いいけど。今日もお前が寝たら俺は教員用宿舎に行くからな。なんかあったら内線鳴らせよ」 どうやら、累くんが寝るまではついているだけのようで、こっそりほっと息をついた。 「ほら、リチェール足出せ。あと他に怪我してるとこあったら出しとけよ。隠してたらお仕置きだからな」 「言い方やらしー」 手当てする手つきはまるで壊れ物を触るように丁寧で、優しい。 どんどん好きになってしまうから、困る。 手当ては痛みを感じないまま、あっという間に終わってしまい、宿舎に戻ることにした。 「じゃあ、せんせー本当にありがとねー。累くん、また今度一緒にご飯食べようねー」 「歩きづらいだろ。お前も今日はここで折山と寝ていいぞ」 累くんが、え、とショックを受けたように千さんをみる。 こんな状況でここで寝れるわけないでしょ、と苦笑がもれた。 「大丈夫だよ、山道はアレだったけど、歩けないほどじゃないからー。ありがとー」 すぐに断って、救護室をあとにした。 ゆっくり壁に手をついて戻っていると、宿舎の前でゆーいちが携帯を弄りながら壁に寄りかかって立っていた。 オレに気がつくとすぐに携帯をポケットにしまって片手をあげてくれる。 「ゆーいち、待っててくれたの?」 「話があるっていってただろ。 足、歩いて大丈夫なのか?」 「ありがとー。 全然大したことなかったよー」 優しく笑って差し出してくれる手に素直に捕まる。 オレはひどい人間だ。 せんせーのことをやっぱり諦めたくないと思いながらもこの手をずっと掴んでいたいと思ってしまうんだから。 母親に冷たくされた日も、父親にめちゃくちゃにされた日も、学校に行けばゆーいちがいつも同じ笑顔で何度もオレを暖かい家へ連れていってくれた。 オレを本当の家族のように迎え入れてくれた、大切な幼馴染み。 それは今も昔もなにも変わらない。 ただ今は、ゆーいち達家族に依存してばかりだったオレに、他に理性がきかないほど特別な人ができてしまった。 もう、誤魔化せないくらい気持ちが止められなかった。 「ゆーいち、ごめん」 繋いだ手を、引き止めて小さく呟いた。 それから、一呼吸おいてもう一度はっきり声を出した。 「オレ、せんせーのこと好きみたい。ゆーいちの好きな人だって知ってて、ごめん」 ゆーいちは振り返らないまま黙ってる。 沈黙が痛かった。 「………ドラマだと」 やっと、ゆーいちが小さく一言を発した。 「え?」 「ドラマだと、喧嘩になったり絶交したりすんだろうな」 絶交という言葉に、胸が突き刺すように痛んだ。 足元が崩れ落ちるような感覚がする。 しっかりしろ。 ずるいのはわかってる。それでも友達でいたいって話すんだ。 「ゆー……」 「でも、やっぱ俺ルリも大切なんだわ」 やっと振り返ったゆーいちは困ったように笑っていた。 「ルリ、俺の方こそごめん。本当はお前の気持ちに気付いてた。 でも月城先生を取られたくなくて釘を刺した。謝るのは俺の方だよ」 繋いだ手にぎゅっと力がこもる。 せんせーが大好きで、ゆーいちも大切だった。 でも、それはゆーいちも同じだったことに今更胸が痛んだ。 あの時、ゆーいちは今のオレと同じように痛くて、怖かっただろう。 「俺、先生のこと諦めないよ。 これからは怨みっこなしでフェアにいこうな」 ふっ切れたようにゆーいちが笑う。 オレもつられて笑ってしまった。 「むさ苦しい三角関係だねぇ」 「むさ苦しいとか言うな。てか、あの人アホみたいにモテるんだから何角かわかんねぇよな」 「一周回って円型にでもなってんじゃないの」 「ははっ。つらいなー」 くだらない冗談を言って笑いながら、しばらく宿舎に戻らず話していた。

ともだちにシェアしよう!