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暗転
千side
「えっとね、あのね、別にね、全裸になれって話じゃなくてね、海でほら、海パンになるようなものというか!ボクサーや力士も同じ格好してるわけだし、空き時間でいいらしいから無理はしないし、成績もオレ結構いい方だし」
「うるさい。今すぐ断って来い」
引き攣った笑顔で早口に言い訳を口にするリチェールにそう吐き捨てると、誤魔化すように苦笑いだけ返された。
蒼羽を店に残すと、草薙さんの了承を得てリチェールを外に連れ出していたから、周りに客はいない。
「なんでダメなのー?時給3000円だよ?」
だから尚更危険だとは思わないのか。
そもそも、この間あんなことがあってなんで男と2人っきりの空間で服を脱ぐことに抵抗がないんだよ。
自分の容姿に自覚がないのか。
今の困った顔ですら、男を誘惑する顔をしている。
ただ、前回のことで傷ついてる本人にそんな言葉を投げて余計に傷付けたいわけじゃない。
「どう考えても怪しいだろ。2人っきりの空間で、半裸になって何かされそうになった時、すぐに逃げれる格好でもない上、鍵をかけられていたら?どうするんだよ」
「そんなドラマみたいなことあるかなぁ」
「茶化すな」
「いや、なんていうか……あの日、現場見たならわかると思うんだけど……」
気まずそうにしながらも、口元だけは笑顔を辛うじて形にしたまま、わざわざあの日のことを口にするリチェールに眉を顰める。
「あの4人もさぁ、結構ボコボコだったでしょ?オレ多分、喧嘩強い方だと思うんだよねぇ」
えへへ、と笑いながらそんなこと言う。
たしかに今思えば、あの日外傷だけならリチェールよりあの4人の方が酷かった。
「草薙さんの親戚の人だし、そうそう変なことにはならないだらうけど、万が一せんせーが心配してるようなことがあっても、マンツーマンならオレ大抵の人には負けないと思うんだよねー」
いざ部屋に行って、そいつが1人で待ってる確証はないだろ。
そんなこと言っても、今のこいつにはなにも響かない水掛け論になる。
そういえば、ここのバイトもコンビニで求人雑誌を手に取ったリチェールに草薙さんが声をかけたことがきっかけだったと言っていた。
声かけられてすぐ着いていくなんてこいつの危機管理能力はどうなってんだ。
いや、親から離れたい一心で日本まで逃げて来たばかりで、そんなこと考える余裕なんてなかったんだろう。
細かい面接や履歴書は省いたと言っていたし、外国人で身元保証人になる保護者が日本にいない未成年のリチェールができる仕事なんてそうそうない。
選択肢がなかったのかもしれないけど。
声をかけたのが草薙さんで本当によかった。
「大体なんでそんなに金が必要なんだよ。親から援助がないのか」
「……ううん。欲しいものがあるだけー」
ここに来て、さっきまでの焦った様子は嘘のように完璧な笑顔。
援助はあるがプライドで触りたくないのか、何か反発して援助がなくなるのか。
……もしくはその両方か。
「嘘つくな。さっさと言え。親と何があった」
「何もないよー。ただ時給3000円に飛びついただけー」
あくまでシラを切ろうとするリチェールに腹が立ってくる。
つい、小さな顎を引いて顔を近づけた。
「素直に話さないならこの間の続きしてやろうか。お前が本当に喧嘩して負けないのか俺相手に見せてみろ」
「………っ!」
俺に押し倒されて泣いた日のことを思い出したのか、ポーカーフェイスが崩れ一気に顔が赤くなる。
リチェールが俺相手に嘘つくなんて10年早い。
「今素直に言うなら、明日の休みはどっか連れてってやる」
「へっ本当!?」
引き寄せた時は一瞬後ろに引いたくせに、目をキラキラさせてリチェールを捕まえていた俺の腕を強く握り返して来た。
出会った頃は、笑顔張っつけて、感情が抜け落ちたようなやつだと心配したくらいだったのに、今じゃ俺のことでコロコロ表情を変えるこいつが可愛いと思えてしまう。
ふ、と笑ってしまうと、ハッとしたように慌てて手を引っ込めようとするから、その手を掴んで引き寄せた。
「今の反応、もう嘘ついてるって肯定になってるから。諦めて話せよ。で、明日どこ行きたいか決めるぞ」
「〜〜〜〜〜っオレの決意揺るがせないで」
真っ赤な顔を隠すように、俺の服に顔を埋める。
柔らかな髪を撫でれば、諦めたように口を開いた。
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