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暗転

リチェールside 昨日ことは夢だっんじゃないかと、何回も確認して、ギリギリまで半信半疑だった。 スマホのメッセージアプリがピコンとトップ画面に表示され、せんせーから「着いた」と入ったこれだけの短い文でこの幸せが本物だと教えてくれる。 すぐ、降ります。と返信をしてショルダーバックを掴むと靴を履いて3階の自宅から一階まで駆け降りた。 臨海学校でヘマした足が少し痛んだけれど、そんなこと気にならないほど胸がドキドキする。 一階に降りると路肩にハザードを点滅させて停車してる黒の車を見つけて、余計に気持ちが昂る。 駆け寄ったはいいものの、助手席に乗るべきか、後部座席に乗るべきか分からなくて、一度深呼吸をして助手席をノックした。 窓がスーッと開けられ、サングラスをかけたせんせーが顔を覗かせる。 「よう」 「おはよー。今日はよろしくお願いします」 緊張してつい敬語になってしまうオレを、せんせーは笑って「早く乗れ」と助手席に乗ることを視線で促してくれる。 「お邪魔します」 せんせーの車に乗るのは初めてじゃないのに、なんだか今日の雰囲気はまるで、デートみたい。 そんなこと思ってるのはオレだけで、この人は同情か、気まぐれだろうけど。 「行きたい場所は決まったか?」 昨日、行きたい場所を聞かれた時、せんせーと行けるならどこでもいいと答えたら、却下されてしまった。 だけど、オレが運転するわけでもないのに場所を指定するのはどうにも気後れしてしまって、ついギリギリまで決められなかったのだ 「……どっか、遠くに行きたいなぁ。人がいない緑か、川があるところ」 なんとか絞り出したオレの曖昧な行き先にせんせーは、了解。と微笑んだ。 発進させた車をハンドルを片手に握って、小慣れた様子で車を運転する姿は、映画のワンシーンのようにかっこいい。 「せんせーは普段休みの日何してるのー?」 「人混みとか好きじゃないし、だいたいドライブだな」 「運転好きなの?」 「わりと」 「そっかぁ」 高速に乗って、ビュンビュン走る車の中、静かに続く会話にどうしようもなく癒される。 途中でサービスエリアによって、お互い飲み物を買った。 せめてガソリン代として飲み物くらいせんせーの分も買おうとしたのに、ひょいっとオレの選んだ飲み物を取って、レジに向かってしまう。 「オレ、お金出すよ」 「なんでガキから金取るんだよ」 「いや、でも……」 「それじゃあリチェールが成人したらコーヒーでも一本奢ってもらうよ」 頭にせんせーの大きな手が乗せられる。 見上げたら、優しく笑ってて胸がギュッと痛んだ。 成人する頃、オレはあなたの隣にいれるのかな。 この人は、つくづくオレに夢を見させるのがうまいと思う。 今だってすれ違う女性はもちろん全員、なんなら男の人だって顔を赤くしてせんせーに振り返っていた。 芸能人?とか、モデル?と噂する声や、話しかけようとキャーキャーはしゃぐ可愛い声も。 これだけ騒がしかったら絶対気づくのに、慣れているのか、何も耳に入っていないように涼しそうな表情のせんせーに、次元が違うなと思ってしまう。 すらりと高い身長に、少しテンパの長めの黒髪、太陽からすら愛されたような褐色の肌にスカイブルーの瞳は絶妙に色気がある。 でもね、この人の本当の魅力はこの容姿じゃなくて、優しい性格なんだ。 これだけたくさんの人がせんせーに振り返る中、今はオレだけが知ってるかっこいいところに、少しだけ隣に立つ勇気をくれるようだった。

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