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暗転

「ふぅん?」 オレの言葉に、新野さんはどこか楽しそうに口元を歪めた。 頬に添えられた手を外したオレの手を逆に絡め取られ、顔がくっつきそうなほど引き寄せられた。 「どうにも、幸せになりてぇ奴のツラじゃねぇんだよな」 吸い込まれそうなほど真っ黒な瞳に覗かれ、その唇は弧を描く。 勝手なこと決めつけやがって。 何か言い返そうと口を開いた時、後ろから肩を引かれ、何かに抱き止められた。 「うちのに何か用ですか」 見上げるとせんせーが高圧的な表情で新野さんに向き合っていた。 しまった。 オレが喧嘩か何かに絡まれたって思ったのかな。 「せん……っさん。こちらね、 草薙さんのいとこの方で、偶然会ったの」 ついせんせーと呼びそうになるのを寸前でなんとか訂正する。 この人が千って名前でよかった。 自分が睨まれたわけでもないのに、せんせーの顔が怖くてオレでも早口になってしまうのに、凄まれてる新野さんは何も感じていないように薄っぺらい笑顔で右手を差し出した。 「どーも。あなた目立つんで、慎太郎の店で何度か見かけてます。新野です。画家やってます」 一瞬、空気がピリつく。 早くこの場から離れたい。 しかしせんせーも胡散臭い笑顔のまま差し出された手を握り返した。 「ああ、お話は予々伺ってます。月城です。リチェールがモデルのお話を頂いたようで。 せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます」 しかもいきなり断ったし。 いや、断るつもりだったしいいんだけど、そんな嫌な役買ってくれなくていいのに。 「それってルリくんの意思?」 新野さんが挑発的に笑う。 オレの意思かと言われたら、少し悩んでしまうけど、少なくとも反対したせんせーも草薙さんもオレを心配してくれてのことだし、そっちの意見を優先したい。 今回はお断りします、と口を開こうとしたら、せんせーの言葉に遮られた。 「こいつは俺のなんで、意思なんて知ったことじゃないんだよ。それから、さっきみたいに気安く触るのも今後控えていただきたい」 はっきりそう言い切って、「失礼する」とオレの肩を抱いたまま歩き出したせんせーについ何も言えず引かれるがまま歩いた。 ちょっとまって、びっくりして何も言えなかった。 慌てて振り返り会釈をすると、新野さんは不釣り合いなほど楽しそうな笑顔でひらひらと手を振っていた。 スタスタと歩くせんせーはどこか不機嫌そうで、何も話せないまま車に着いてしまい、とりあえず車に乗るも、張り詰めたような重たい雰囲気に言葉が出ない。 「あの、嫌な役させちゃってごめんなさい」 「……怒ってるのはそっちじゃない」 低い声で言われて、また言葉を飲み込んでしまう。 やっぱり怒ってはいるんだ。 思い当たることがなくて、どうしていいかわからないでいると、せんせーの手がそっと伸びてきて、オレの左頬をぐにっとつねった。 「他のやつに触らせんな」 さっき新野さんに触られたように、少し撫でられて、そっと離される。 どうしてこの人の手は他の人と違ってこんなにも暖かく感じるんだろう。 「リチェール。返事」 「……は、い」 自分でもわかるほど熱くなった顔をせんせーに見られることが恥ずかしくて、ぎこちなくなってしまったけれど、なんとか頷いた。 だめだよ、せんせー。 オレ結構単純だから、こーゆーのすぐ期待しちゃう。 あんな現場を見たから、守ってくれただけ。 それだけだ。 それでも、せんせーのその感情に少しでも独占欲が入ってたら、なんて。

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