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暗転
雄一side
土曜日。
他校の女子との合コンに数合わせで参加した帰り、ポツポツと雨が降り出した。
それぞれいい雰囲気になった相手がいて、俺も空気を読んで気がありそうな女の子を家まで送ると言って解散した。
もちろん俺は月城先生が好きなわけだし、どうこうなる気はないけど。
実る確率はほぼ無いわけだし、普通は女の子を好きになるものだし、なんとなくいい顔しておいてもいいかなって、連絡先だけ交換して家まで送ってバイバイ。
相手に、少し家に上がっていくかと聞かれたけど断って駅まで向かった。
天気予報では曇りだったのに、どんどん空色は重くなり、ぽつぽつこぼれ始めた雨はほんの10分で本降りになってしまった。
家まで電車じゃなきゃ帰れないのに、こんなにずぶ濡れじゃ乗るに乗れない。
そう言えば、ルリん家すぐそこじゃん。
雨宿りさせてもらって、服とか借りよう。
もしくは明日は日曜だし泊めてもらうか。
むかいながら何度かコールするものの繋がらない。
雨の中あまりスマホを濡らしっぱなしで故障したら嫌だし、もう直接行ってしまおう。
いないなら合鍵持ってるし、中で待たせてもらってもルリなら怒らないだろう。
ルリのマンションについて階段をあがりながらもう一度電話をかける。
上から降りてくる人影が見えて右にずれた。
しかし相手はまるで俺なんて見えていないかのようにブツブツ何かを言いながらぶつかってきた。
持っていたスマホを落としそうになって、おい!と思わず言おうとしたけれど、相手の血走った目は同じ人間のものとは思えないほど鬼気迫るものがあり、押し黙る。
外国人?
ルリ以外にも住んでるんだ。
あんな危険人物住んでてルリ大丈夫かよ。
ていうか、今の人、どこかで見たことある気がする。
そんなことを考えながらもルリの部屋に到着して、チャイムを鳴らした。
中からの応答はなく、合鍵で入ろうと鍵を取り出したけれど、鍵はかかっていなかった。
「………………お?」
なんで鍵開けっぱなしなんだ?
セキュリティマンションでもないのに不用心すぎだろ。
「ルリいるー?入るぞー」
靴を脱いで中に入ると、なにか違和感を感じる。
あいつ割と几帳面なのに靴は脱ぎ捨てられて、棚に飾られていた俺たちと映る写真立てが、何かがぶつかったかのように床に落ちて割れてしまってる。
こういうのそのままにするような奴か?
ドアが開きっぱなしになった奥の寝室からうっすらと倒れてる人影のようなものが見えた。
「おい、大丈夫か!?」
寝室のドアを開けて、固まった。
傷だらけのルリが、半裸で倒れている。
「な……」
全身から血の気が引いたようだった。
まるで息をしていないようにピクリともせず真っ青で、あざだらけの体は所々血も出ている。
しかも腕にはまるで拘束されたような赤いあとまでくっきりと残されていた。
こんなのまるで。
………まるで、強姦されたみたいだ。
「ル…………ルリ!!起きろよ!!何だよこれ!!!」
頭が混乱して、乱暴にルリを揺する。
ようやくルリが「ん……」と苦しそうに声を出した。
瞬間、はっと目を開き、ばしっと上体を起こす手を振り払われルリ自身が床に転がった。
『さわんじゃねぇ!!』
悲鳴のような英語は、イギリスに住んでた俺には簡単に聞き取れてしまった。
「ル、ルリ……………?」
ようやく目があったルリは、この世の終わりのような表情で固まっていた。
あ、そうだ……さっきすれ違った外国人、ルリの父さんじゃん。
「ゆーいち…………なんで……………」
「いやいや、こっちの台詞だから……なに?
これやったの、親父さん………?」
カタカタ震えるルリに俺も冷や汗をかく。
まだ頭がついて来ず、口だけが疑問をそのまま発していた。
「まさか、昔からたまに傷つくってたのは毎回親父さんに……………っう」
嗚咽で言葉が途切れ、そのまま込み上げたものをトイレに駆け込んで吐き出した。
「おえ…………っ!う……………っうぇ」
「ゆーいち……大丈夫?」
全部吐き出し、はあはあと肩で息をしていると、簡単な服を着たルリが心配そうに俺の背中に手をかけた。
「触んな!!!気持ち悪ぃな!!!」
その小さな手を思いっきり振り払うまうと、ルリがショックを受けたような顔で固まっていた。
「あ………………」
「………ゆーいち…」
その表情に胸に痛みが走り、俺も息を飲む。
やってしまったと思ったけれど、言葉が見付からず、そのままルリを乱暴に押しどけて外に飛び出してしまった。
階段を一気に掛け降りて、今出たばかりのマンションを見上げる。
はあはあと、荒い呼吸は走ったせいだけじゃない。
言い様のない気持ちを押さえて前髪をガシガシかいた。
______あの場面をみて気持ち悪いと思ってしまった。
昔から傷だらけのルリを見て見ぬふりをしつづけていたけど、そういうことだったなんて。
でもあいつ喧嘩強いし、抵抗はいくらだってできたはずだ。
全部ルリの父親が悪い。
理屈ではわかってる。
けれど、気持ち悪いと思ってしまった気持ちの一部にルリが含まれてしまったのは事実だった。
ルリの見たこともない傷付いた表情が頭にこびりついて胸が痛んだ。
「言い訳くらいしろよ………」
ならない携帯を握りしめてポケットに突っ込む。
この期の及んでまだ知らないふりをしようとする俺は卑怯なんだと思う。
逆の立場ならルリはなんとしてでも俺を助けようとするんだろう。
イギリスから離れるとき、次もう一度ルリのそばにいれるなら、今度こそあいつの一番の理解者でありたいと思っていた。
ルリが傷だらけになる度に、知らないふりをして、あとで後悔をする。
その繰り返しから抜け出せないままの自分に嫌気がさした。
ああ、くそ。
雨が鬱陶しい。
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