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暗転

________ あれから、ルリは学校を三日休んでる。 あと一週間ほど経てば夏休みだというのに。 学校には連絡してるみたいだから、大丈夫だとは思うけど、最後が最後だけに心配ばかりが募る。 「雄一、お前ルリのお見舞いとかいかないの?」 信也が心配そうに顔を覗き込んできた。 そういえば、信也は俺らグループのなかでもルリと比較的仲がいい気がする。 臨海学校の時だって泳げるくせに、俺らと競争をしないで泳げないルリと行動していたし。 「いかない。てか、俺ら今ちょっとアレな感じ」  「は?なんで?お前ルリになんかしたの?」 信也が咎めるような目で俺をみる。 なんだよ、最初っから俺が悪いみたいに決めつけやがって。 「別に」 「別にって何だよ。とにかく早く仲直りしろよ。ルリがなんかやるわけないし、どうせお前が一人でわーってやったんでしょ」 「なんで俺が悪いって決めつけてんの」 イラッとしてつい信也を睨む。 信也は気にした様子もなく、どうでもよさそうに笑った。 「ほら、それ。 今のやり取りも多分ルリなら笑って流してるよ」 言われて、う、と言葉に詰まる。 たしかにルリなら、そうかもーとかいって気にしないだろう。 「てか、雄一なんか顔色悪いよ保健室行ってきたら?」 「…………そうする」 少し頭を冷やしたかった。 今俺からでる言葉はどうしたってルリを傷付けてしまいそうで。 3限目はサボることにして、保健室にむかった。 コンコンと保健室のドアを叩くとすぐ中からどうぞと返事が返ってきた。 さっきまであんなに落ち込んでたのに、月城先生の声を聞いてドキドキ舞い上がるなんて、自分でもゲンキンだと思う。 ドアを開けると、イスごと月城先生が振り替えった。 「月城先生、吐き気がするんで一時間休んでいいっすか?」 「珍しいな。奥のベット使えよ」 「あざっす」 ああ、だめだ。 ルリのことだけを今は考えるべきなのに、どうしてもこの人を前にすると意識してしまう。 学校一のモテ男は伊達じゃない。 みんなこの人を好きになる。 でも月城先生は誰に告白されても冗談っぽく流して、だれも相手にしないから、安心しきってた。 それなのに、来たばかりのルリが親密になっていくから自分でも制御できない感情ばかりが溢れてる。 ああ、こんな自分本当にいやだ。 ベットに潜り込み、頭まで毛布を被った。 「佐久本、リチェールとは連絡とれてるか?」 「え?」 上体を起こして月城先生を見ると、パソコンと向き合ったままだった。 表情は見えないけど、ルリのことを心配してるんだろうと思うと胸が痛んだ。 「なんで?」 「学校休んでるんだろ?大丈夫か?ってメールしても大丈夫としか返ってこねぇし、あいつの大丈夫って信用できないからな」 ルリの連絡先知ってるんだ。 今まで誰が聞いても教えてくれないし、SNSのアカウントすら見つからないって騒がれてたのに。 どろどろと、黒い感情が渦巻く。 「………これ、本当は言おうかどうか悩んだんだけど」 気が付けば、ゆっくりと言葉をしていた。 月城先生の空色の瞳が俺を映す。 それは何もかもを見透かされそうなほど透き通っていて、つい俯いて視線をそらしてしまった。 「土曜日、用事があってルリの家に行ったんだよね」 頭の中で、何度もやめろと自分自身に言い聞かせた。 でも胸がいたくて、口がとまらなかった。 「そしたら、なんかイギリスからあいつの父さんが来てたみたいで。 …………なんていうか、その、昔から性的暴力?みたいなのを受けてたみたいで。 俺が行ったときにはもう父さんいなかったんだけど結構ルリひどく犯されたあとで、デリケートな問題だしルリも首を突っ込まれたくないみたいだったから今はそっとしておいて」 俺はひどいやつだ。 ルリにこれ以上傷付いてほしくないって気持ちはたしかにあるのに。 それ以上に月城先生をとられたくないと思ってしまう。   俺みたいに引いて、ルリを気持ち悪いって思えばいい。 月城先生はなにも言わず、黙って俺の話を聞いてるだけだった。 長い前髪で表情は見えないから余計に沈黙が重たい。 「や、正直引きますよね。わかります。俺もついその場で吐いちゃって。言おうか悩んだんですけど、俺も事実知ったら辛くて。でもルリのこと嫌わないでやってください」 「…………で、それから連絡はとったのか?」 ようやく口を開いた月城先生の声は低くて、思わずびくっと強ばってしまった。 「………いや、こういうデリケートな問題は距離を置くのが一番だと思うので………。ルリもそう思ってると思いますし」 「…………そうか。話してくれてありがとな。後は俺が連絡とってみる」 想像とはまったく違う答えが返ってきて、は?とつい口をついて出てしまった。 「いやいや、今はルリを放っておくのが一番ですって。 俺ルリと一番仲いいし、あいつのこと一番わかってるし!」 そう言うと、月城先生が不機嫌そうに微かに眉を潜めた。 なんで、そんな目で見んだよ。 「ガキが解決できる問題じゃねぇだろ」 「でもルリに起きてる問題なんだから、そんな他人がズケズケ入る必要もないっしょ?どうあいつに普段から頼られてるか知らないけど、あいつももう17歳の男っすよ!」 早口でそう捲し立てると、はぁと大きくため息をつかれた。 「あいつが自分からちゃんと頼ってくるならこんなに苦労してねぇよ」 「─────っ」 ああ、俺がどうしたってこの人ルリのもとへ行くんだ。 ばかな俺でも簡単にそう悟れるほどの言葉になにも言えず唇を噛んだ。

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