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逃避
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「そろそろ描き終わりそうなんだよな。怪我もだいぶ良くなってきちゃったし、ぼちぼちルリは用済みかも」
ここに来て9日目のことだった。
キャンバスから目を逸らさずに新野さんが言う。
あとは仕上げ作業だけらしい。
「わかりました。今日にでも帰りますね」
元々、土日だけでもって話だったし、住み込みならあっという間だろうなって思ってた。
怪我が良くなったのだから、 BARのバイトにも戻れるし、いつまでも甘えているわけにはいかない。
もう夏休みに入ってるし、学校はしばらく休みなのだから、ゆーいちに再会するまでこれからどうするか考えたらいい。
ここ数日ゆっくり過ごさせてもらったおかげで少し落ち着いた気がする。
「可愛くねぇなぁ〜。ルリ家事してくれるし、かと言って余計なこともしないし、空気みたいなもんだから、ここに居たいです。居させてくださいって言ったら、置いてやるのに」
相変わらず新野さんは本気かわからないことばかり言う。
あの家には居たくないけど、オレの問題を解決できるのはオレだけなのだから、いつまでもそんなこと言って問題を先送りにばかりしてられない。
「いつまでも新野さんに甘えるわけにはいきませんから」
「ほーん。俺としてはモデルしてくれて、ほっとけば家事まで終わらせてくれてる食費いらずの家政婦ロボット置いてるくらいの感覚だけどな」
「はは。ひどい言いよう」
「そういう扱い望んでるのルリじゃん」
ね?と底意地の悪い笑顔を傾げて顔を覗き込んでくる。
この人のこの試すような言葉に、もう動揺したりしない。
新野さんが言ってる言葉は全部図星だって自覚も出てきた。
「物みたいに扱われるの、気楽で好きだろ」
「……そうかもね。なんか、新野さんの言葉で色々考えさせられました」
ふ、と笑ってみるとすかさず「今のひね腐った笑いイイね。今度描かせてな」と言う。
ひね腐ったってなんだよ。
「やっぱ傷とかナマモノだし、泊まり込みで特急で描かせてもらって助かったよ。結構一回の作業でぶっ通しだったから同じ体勢できつかったろ」
「座りっぱなしだったんでそうでもないですよ」
ガチャガチャと画材を片付け始めたから、オレも出窓から降りて服に袖を通した。
このまま帰ることになりそうだし、最後にお世話になった家で散らかってるところはないか一部屋一部屋確認してまわる。
リビングで棚の物の拭き掃除をしてると、新野さんが誰かと電話している声が遠くで聞こえ、かける予定だった掃除機はやめて床拭きワイパーをかけるだけにして、たいして大きくもないカバンひとつに纏まる荷物をつめた。
「はい。今日までお疲れさん」
電話を終わらせて部屋に入ってくるなり、新野さんは準備してくれていたのか、封筒に入ったお金を渡してきてくれた。
「1日6時日間くらいの制作時間×3000円×9日で16万ちょいで、家事やってもらって助かったから色をつけて18万入ってる」
「え、そんな……さすがに多いです」
「いいのいいの。ルリいじめながら楽しく描けたし」
意地悪な自覚はあったんだ。
それでも、9日間で18万は流石に多すぎると思う。
そもそも家事なんて、泊めてもらってるお礼のつもりだし、むしろ宿泊費で引かれてもおかしくないと思うけど。
どうしていいのか分からないでいると、新野さんがオレのカバンに勝手に封筒を入れて、この話はこれで終わりな!と手を叩いた。
いいのかなぁ。
「すみません。ありがとうございます」
これから親を頼らないで生きていくことを考えると、お金はいくらあっても足りないし正直ありがたい。
素直にお礼を言うと、新野さんはうんざりしたようにため息をついた。
「……ルリさあもう客観的に考えてみたら?1、ルリは服を全部脱ぐ仕事をした。2、意図的に切り傷までつけられた。この2つだけでも普通にその金額で全然安いくらいだと思うけど」
新野さんがこの家に来た日のように指を立てて数字を表す。
切り傷?なんの話だ?
しばらく考えて、やっと思い出した。
「あ、窓割った時の。アレ、わざとだったんですね」
「そ。だからそんな金額むしろ安いくらいだよ。
……あと、絶対訳ありなのわかってて、喰い物にするだけして用済みだからポイなんてなんて酷い真似はさすがにしねぇよ」
「なんの話?」
新野さんの話の後半の意図が見えず聞き返すと、ピンポーンとインターホンがなった。
荷物でも頼んでたのかな。
新野さんはチラッとスマホを確認して、玄関に向かいながら口を開いた。
「家に帰れない捨ての猫の新しい飼い主くらい見つけてから捨てるって話」
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