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腕の中
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停めていた車の助手席にリチェールをおろして、俺も運転席に乗り込んだ。
少しドアを閉める手が乱暴になってしまったからか、バン!と大きな音を立てて閉まるドアの音にリチェールもびくっと体を固くした。
薄着だからよく見える身体中は痛々しいほど傷だらけで、元々痩せていたのに余計に細くなり、目の下には濃いクマがしっかりできている。
心配する気持ちは大きくあるのに、どうしても腹立たしい気持ちが勝ってしまい、苛立ちを抑えるために一度深くため息をついた。
「佐久本に話は聞いた。親父さん来てたんだろ」
リチェールが息を呑む音が聞こえる。
多少声が低くなってしまったことに自覚はあるが、これでも相当我慢してる。
「……で、何でお前はすぐ連絡してこねぇんだよ」
あまつさえ、他の野郎を頼ってこんな格好晒しやがって。
リチェールは真っ青な顔を俯かせてギュッと口を結んで何も言わない。
思わず舌打ちしてしまう。
いい加減、こっち見ろよ。
「………な、にも、聞かないで」
ようやく絞り出された声は泣くことを我慢してるように擦れていた。
「アァ?」
柄が悪いことはわかってる。
この状況で何も聞くなってか。
馬鹿にしてんのかこいつ。
「……おね、がいだから……放っておいて…こ、んなダサいとこ……千さんに見られたくなか……った……っ」
ついにボロボロ泣き出したリチェールは逃げるようにドアに手をかけようとする。
その格好で出ようとするか普通。
そんなことにイラッとしてつい後ろから片手で腰を抱いて止めた。
「やだ!触んないで!!」
突然暴れ出したリチェールは自分の体が痣だらけだと言うことすらお構いなしに本気で嫌がる。
咄嗟に両手を掴んで、暴れる体をシートに押さえつけた。
頭を撫でれば嬉しそうに擦り寄ってきて、好きだと抱き付いてくるリチェールの変わり果てた姿に思わず困惑する。
『離して!何で放っておいてくれないんだよ!?こんな汚くて惨めな姿見られたくなかった!!』
我慢していたものが溢れ出すように突然英語で捲し立てるように言われた言葉は、まるで悲鳴のように聞こえた。
やっと視線があった大きな瞳からぼたぼたと大粒の涙をこぼして、悔しそうに結ぶ口からは血が滲んでいてコイツの我慢の跡を表しているようだった。
『……ほんとは、こんなはずじゃなかった……全部自分の力で精算して、同情とかそう言うのなしで千さんと向き合いたかった……っくそ』
俺の服を握って、悔しそうに涙をこぼす姿に胸が痛んだ。
同情なんて感情でリチェールと接していなかった。
そう言えば嘘になる。
それでも、リチェールを構いたいと思う気持ちはそれだけじゃない。
『こんな姿見せるために頑張ったんじゃない……っ』
ズル、と俺の胸に頭を傾けて弱々しなってい声に、思わず抱きしめていた。
こんなにも小さな体で一人で戦っていたことがどうしようもなく切ない。
リチェールは弱々しくも、はっきりとした意思で俺の胸を押し返した。
「………もう好きでいるのやめる………」
その言葉を聞いて、自分でも信じられないほど胸に痛みが走った。
生徒に好かれるなんて面倒なことはない。
ずっとそう思ってたし、だから男子高への赴任を選んだはずなのに。
「……ちゃんと、諦めて、イギリスに帰るから……離して……」
俺から逃げるためなら、地獄だろうと逃げようとするリチェールにいい加減ため息が溢れた。
「……そうか」
俺の言葉に、また唇をギュッと噛むリチェールの顎掴んで上を向かせるとその唇に噛み付くように自分のものを重ねた。
「な……っんん」
開いた口に舌をねじ込み、逃げようとする舌を絡めとる。
くちゅ、と音が車内に響いて、口に血の味が滲む。
ゆっくりと口を離すと、リチェールがさっきまで真っ青だった顔を赤くほてらせ色っぽく息を切らした。
「好きにしたらいい。また惚れさせてやる」
今更、こいつを手放す気はない。
……この感情の名前はもうずっと前からリチェールが教えていてくれた。
「リチェール、愛してる。
お前が今更泣いても騒いでも手放す気なんてねぇよ」
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