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腕の中

リチェールside 唇が離れて、数秒一瞬何が起きたかわからなかった。 固まるオレに千さんがありえない言葉を口にする。 愛してる? アイシテル? だれが?千さんが? ……ありえない。 ああ、そうか、この人はオレがなんの問題の解決もしないままイギリスに帰るって言ったから、また自分を犠牲にして引き留めてくれてるんだ。 そう言うこと、させたくなくて頑張ったのに、結局こうなっちゃうんだね。 学校で犯されて、こんなこと慣れてる。自分で何とでもできるって強がったオレに、好きでもないくせに触れて、悪者になって強引に頼らせてくれた。 二度と好きな人にそんなことさせたくなかった。 「……オレ、千さんにこんなことして欲しいわけじゃない」 "抱かれるしか脳のない代用品が" 「千さんはいつもそうだよ。誰かを守るために自分の気持ちを犠牲にしてる。そんなことして欲しくないから……っ」 "汚ねぇな!触んな!" 父さんとゆーいちの声が頭で何度も再生される。 こんなオレを好きになる人なんているわけない。 まっさらな状態で、あなたの素直な気持ちを聞きたかった。 綺麗な状態で千さんの隣にいきたかったのに。 「……全部自分の力で精算して、もう一度俺に告白する、だったか」 千さんが静かに口を開き、いつかオレが豪語した言葉を口にした。 叶わない夢だったな。 どうして今それを言うんだろう。 「じゃあ全部俺が解決してやる。だからもう一回俺を好きだと言え」 「……っだから、そういうことして欲しくて好きになったわけじゃ!」 「俺だって、一人で無理させるために好きになったわけじゃない。他の男に頼る姿を見て腹立つのも、触っていいのは俺だけだと思うのもリチェールにしか思わない」 絶対嘘だ。 そう思うのに、どうして未練がましくこの人の嘘に縋りつきたいって思ってしまうんだろう。 ボロボロ涙が溢れて、千さんがオレの頬を包んで親指で涙を拭う。 「………オレなんかに捕まっちゃダメだよ…っ」 「リチェール、愛してる」 こんな痣だらけの汚い顔なんて見ないで。 そう思うのに、スカイブルーの瞳から目が離せない。 「何でオレなの」 「さぁ、大切にしたいって思ったんじゃないの。お前のこと」 ああ、やっぱりオレはずるい。 優しいこの人にまたこんなことさせて、ちゃんとオレは大丈夫だって伝えて離してあげなきゃいけないのに。 _____いつか、ちゃんと離れるから。 少しの間だけでも、本当に愛されてるのだと夢を見たい。 千さんの胸に体を預けるとぎゅっと包んでくれる。 「……千さん、だいすき……っごめんなさい」 「いい。リチェールがいつか信じるまで気長に待つよ」 暖かくて優しくオレを包む腕の中でもう一度謝ってその広い背中に手を回した。

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