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腕の中

オレが落ち着くと、千さんは体を離し一度オレの髪を撫でてゆっくり車を発進させた。 「話戻すけど、お前なんで一回断ったモデルのバイト受けてるの」 先程までの怒りは感じないけれど、どこか不機嫌そうだ。 あの日は、とにかく家に居たくなくて外に逃げ出した。 多分、千さんが聞いてるのはその前後の全部なんだろうけど、あんな情けない出来事、どうしても言葉が浮かばない。 「………家に、居たくなくて外に出たらたまたま新野さんと会って、その時今より顔ボコボコだったし、バイトは休まなきゃいけないくらいだったし……お金も、必要だったから……」 とりあえずその後と前のことは省いて話してみる。 それでも心底ダサい。 千さんはどう言う気持ちでこんな話を聞いてるんだろう。 親から送られてくるお金には日本に来てから一切手をつけずにプライドだけでバイトで何とか工面してきたけど、正直結構ギリギリだった。 そのためになら全裸にだってなれちゃうんだから、プライドも何もって話だけど。 「わかった。今日からは俺の家に住めばいい。金銭面もこれからは俺が全部出すから二度と俺以外の男に頼るなよ」 感情を見せず、淡々とした声で話す千さんの言葉に、余計に情けない気持ちになる。 好きな人にお金の面倒までみてもらうの? そんなの事されたら、なけなしの男のプライドが余計に傷つくんだけど。 「……お金は大丈夫。なんとか毎月貯金もできてるし、あと少しだけ休んだら顔の痣は見えなくなるだろうから、そしたらバイトに戻れると思う」 「リチェール。本気で言ってるんだけど。お前が酒を提供する店で遅くまで働いてること少し前から結構ムカついてる」 この人は、人が縋りつきたくなる嘘を上手に吐くなぁ。 「………アルバイトは、やめないよ」 そんなことしたら、千さん自身が余計に責任感じてオレを手放せれなくなってしまうんじゃないの。 オレだって、今のバイトは給料もいいし自分で稼ぐことができなくなることが不安で仕方ない。 「じゃあせめて10時までの時短にしてもらえ。本来であれば未成年は10時までしか働けないんだから歳誤魔化してるとはいえ、バレた時痛手をくらうのは店側だぞ」 「え?オレが補導されて終わりじゃないの?」 「店側が2週間の営業停止」 知らなかった。 これだけ良くしてくれてる草薙さんにそんな迷惑はかけれない。 「草薙さんに相談してみる」 「ん、えらい」 素直にそう言うと、千さんの雰囲気は少しだけ柔らかくなりオレの頭を空いてる方の片手で撫でた。 これまでの貯金もあるし、時間と時給を概算すると学費と生活費は間に合うだろう。 とは言え、今回みたいなこととかあって長期休まなきゃいけないことがあったら一気にキツくなるなぁ。接客以外の不定期出勤OKなバイトとかあるのかな。 コールセンターとかありそう。 「……お前今金の計算してるだろ」 黙り込んだからか、この人が察知能力に長けているからか、バレてしまい、そりゃあねと意味を込めて笑ってみた。 「ガキがそんなこと考える必要ない」 そうかな。 少なくとも、その優しいセリフの方がオレは少し傷ついたけど。 新野さんの家からオレの家は割と近く、車がオレの家から一番近いパーキングに停車した。 「送ってくれてありがとう。それじゃあね」 「何言ってんだよ。最低限の荷物まとめてすぐ出るぞ」 「え、どこに?」 「俺の家」 当たり前だろ、と言うように千さんしれっと言う。 そう言えば、バイトのことに気を取られたけど、確かにそう言ってた気がする。 え、あれ本気だったの? 絶対家に他人がいるとかめちゃくちゃストレスになるタイプの人でしょ。 「千さん、オレがさっき言ったこと気にしてくれてるんでしょ?オレしばらく新野さんと暮らしてもう気持ちの整理もついたから大丈夫だよー?」 「ダメ。いつまたお前の父親来るかわかんねぇだろ」 そう言う事、心配されたくないんだってば。 どうしてわかってくれないんだ。 「いやもうオレに興味ないと思う。オレが他の人にも抱かれたこと言ったら、汚ねぇなってブチギレてたし、抱かれるしか脳のない代用品がって言って出てったから。オレがあの人だけのエリシアじゃなくなった時点でオレへの興味なんてもうなくなってると思うよ」 だから心配ないよ。と笑って千さんを見ると、顔を強張らせてオレを見ていた。

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