115 / 594
エゴイズム
暁side
「おはようございます」
バイト先について、裏口の前ですれ違ったバックヤードの人に挨拶をしてなかに入る。
休憩室ではだれかが話す声がきこえて、人がいることがわかった。
今日はたしかオープンのメンバーは俺と光邦とルリのはず。
「はぁ?なんだそれ。お前それは喜ぶところだろ」
「いや、喜んでるよ。でも。なんか、申し訳ないというか、いつかのために覚悟はしておかなきゃなっていうか……」
「お前なぁ……」
聞こえてくる内容はよくわからないけど、なにかルリが光邦に相談している様子で入ろうかどうしようか躊躇う。
「こんなこと光邦さんにしか相談できなくて。光邦さんも男の人が好きじゃん」
「俺は男が好きなんじゃなくて、あいつが特別なんだよ。普通に巨乳がすきだわ」
光邦、好きな人いるんだ。
そんなこと、俺は一言も聞いたことがない。
そもそも、幼馴染みとは言え、一度中学で別れたきりあまり話していない。
なんだか、いたたまれなくなり、休憩室にドアをわざと少し音をたてて開いた。
ルリがびくっとこっちを見て目が合う。
「おはよ」
「おはよー、アキちゃん」
「ちゃんはやめろっての」
やめろと言いつつ、ルリにアキちゃんと呼ばれるのも慣れたけど。
「おい、アキちゃん俺もいるんですけどー?」
「うるさい」
光邦に言われるのは本気でムカつく。
うるさいと言ってやっても光邦は気にした様子もなくけらけら笑う。
こいつはいつもこんな調子だ。
「あーきら、ルリが恋に悩んでるんだってよ。話聞いてやれよ」
「わ。それバラしちゃう?」
さっき光邦にしか相談できないと言ってたのにいいのかよ。
ちらっとルリを見ると、目が合い困ったように笑った。
「悩んでるってほどじゃないんだけどねー。相手が同情で一緒にいてくれてるのか、同じ気持ちでいてくれてるのかいまいちわからなくて。
すごく優しくて、人気もあるのに、オレなんかが付き合っていいのかなっていうか。……申し訳ないというか」
なんだそれ。
喜ぶところだろそこ。
というか、ルリは明るい性格のように見えて控えめだし、甘えてるフリは上手だけど実際はなにも頼らないで溜め込むタイプだと思う。
傷だらけになったときだって、明らかに暴行を受けた痕だったのに階段から落ちたの一点張りだったし。
周りに気を使ってばっかなんだから、一人にくらい大切にされて甘やかされて、ルリが心から安心できる環境があるなら、いいことだと思う。
「大切にされることが、申し訳ないというか……」
「だからなんだよ、それ。付き合ってる奴に大切にされるのは当たり前だっての。なぁ、暁?」
なにか意味を含むように俺を映して挑発的に笑う光邦に眉をひそめた。
「なに?さっきから言いたいことあるならはっきり言えば?ウザイんだけど」
きつく睨めば、『おーこわ』と、全然怖くなさそうに笑う。
俺がだれと付き合おうと関係ないだろ。
「…………とりあえず、大切にされてもらえるうちは甘えてたらいいんじゃない?
ルリは大切にされる子だよ」
俺と違って。
そう心のなかで付け足すと、光邦が察したように目を細めた。
「おま…」
「あ、ごめん電話」
光邦がなにか言いかけたのはわかったけど、携帯をもって休憩室を出た。
画面に表示された名前を見て、つい小さくため息をつく。
「もしもし?」
『暁ぁ、今友達と飲んでるんだけど、お前も来る?』
呂律のまわってない声にまたこんな早い時間から飲んでるのか、と眉間にシワがよる。
「なに言ってるの、今からバイトだし。
てか、今月お金ないって言ってなかった?もう俺もそんなに貸せないよ?」
『だぁーいじょーぶだって!さっきパチ屋で三万買ったし』
「またパチンコ?いい加減にしなよ」
イライラしながら吐き捨てるように言うと、電話の向こうがしんと静かになった。
そろそろバイト始まるし、着替えも今からだから早く電話を切りたい。
「孝一。俺もう時間ないから切るよ?」
返事がない。
ああ、もう本当に時間がないのに。
「ねぇ孝一?切るからね?」
切ろうと、画面をタッチする寸前で小さく鼻をすする音が聞こえた。
『……んでそんなに冷たいんだよ……。
もういい』
プツッと、電話の切られる音がして、深くため息をついて休憩室に戻った。
冷たい?
優しくしようとはしてるつもりだっての。
でも、俺が優しくなれるなんて、ありえない話なのかもしれない。
休憩室に入ると、ルリは先に店頭に出たらしく、光邦だけが残っていた。
「早く着替えねぇと時間やべーぞ」
「うるさい。わかってる」
「そっかそっか」
なにがおかしいのかケラケラと笑う。
こいつにしてもルリにしてもいつも笑ってばかりだ。
俺はどちらかというと無表情な方だと思う。
光邦は昔からずっと変わらないままだ。
無邪気で、人懐っこくて、
「暁、あいつと早く別れろ。お前また痩せただろ」
それでいて、正義感がつよい。
前、一度だけ孝一といるところを見られた。
その時、孝一はたまたま機嫌が悪いだけだった。
だからつい俺にぶつけてしまっただけだと言うのに。
光邦は話を聞かずに孝一をボコボコにした。
それから、ずっと光邦とはまともに口を利いていない。
俺のためにしたことだとわかっているけど、孝一が光邦とは関わるなと言うから、その通りにしている。
仲良くしてると思われたら、俺だけでなく光邦にまで何をしでかすかわからない。
それだけはあってはならないことだった。
「関係ないだろ」
目も合わせないで吐き捨てるように言うと、はぁ、とため息をつく大人が聞こえた。
カツと足音が近付いてきて、トンと後ろの壁に手をつかれ、逃げ場がない。
「なんで俺がお前ばっか構うかわからない?」
近い距離に、こいつ本当に顔立ちいいよな、なんてどうでもいいことを思う。
なんでお前が俺を構うかって?
光邦は昔からそうだった。
いじめられっ子を見付けたら、いじめっ子が何人だろうと一人で殴りかかって。
電車で座れないでいる腰の曲がった年配者がいたら、若いやつらをどかして。
困ってる人がいたら真っ先に手を伸ばすやつだ。
だから、俺が孝一に殴られたところを見て、それでも孝一から離れない俺を心配してくれてるんだろう。
余計なお世話だ。
「お前のエゴに俺を巻き込まないで。
てかさ、自分の物差しでしか見れないの?正直迷惑なんだけど」
なんの感情も込めないで無表情に言うと、さすがの光邦もはーっと怒りを吐き出すように深くため息をついた。
これで光邦が俺を構うことはないだろう。
「迷惑でもいいよ。なんかあったらすぐ頼れよ」
頭をぽんぽんと撫でられる。
なんだそれ。
お前なんかもう知らねーよって吐き捨ててどっか行けよ。
なんでこいつは昔と変わらずこんなにも優しくいれるんだ。
思わすぎゅっと唇を噛んだ。
ともだちにシェアしよう!