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エゴイズム

「何してんの、お前ら」 低い声に振り向くと、手にごみ袋を持った光邦が顔を顰めて立っていた。 ここは店の裏口からごみ捨て場に繋がる裏の細道で、たしかにそろそろ瓶のゴミがいっぱいになる頃だった。 「……倒れてるの、ルリ?」 ルリは、地面に叩き付けられた時に頭をぶつけてしまったのか、手で押さえる左の額からは血が滲んでいた。 「オレは大丈夫」  頭をぶつけたせいで目が回っているのか、片目をつぶって立ち上がらずに上体だけ起こし、片手を上げる。 最悪な状況だった。 「みつく───」 光邦を止めようとしたけれど、もう遅く孝一が殴り飛ばされルリが殴られた時とは比じゃない音が響いた。 光邦だって、細身なのにどこにこんな力があるんだろうって思うくらい昔から喧嘩が強かった。 孝一はガリガリだし、力の差は歴然。 倒れた孝一の胸ぐらを掴みあげ、そのまま二、三発拳を叩き付けた。 「光邦!!やめろって!!!」 「………お前は一応、暁の彼氏だからこれくらいにしといてやる。 さっさと消えろ」 「うぐ……っ」 孝一は一度俺を見て、また泣きそうな表情を見せた。 「孝一、俺はルリとルリのお連れさんに謝ってから帰るから」 「………あきら………」 「ちゃんと孝一のところに帰るから、今はひとりで帰って」 まっすぐ見つめて言うと、孝一は力なく頷いて頼りない足取りで帰っていった。 一人にして大丈夫だろうかとも心配したけど、それよりも今はルリが心配だった。 孝一の背中が見えなくなり、すぐにルリに駆け寄った。 「ルリ!ごめんね。大丈夫?俺が声かけたせいでモロに入ったでしょ」 「大丈夫だよー。オレカッコ悪いねー。一発KOされちゃったー」 さっきまでの冷たい表情が嘘のようにいつものようにへらりと笑う。 でもこんな固いアスファルトにぶつけた頭からはタラタラと血が流れていてとてもじゃないけど、大丈夫なんかには見えなかった。 「とりあえず、お前ら二人とも店の休憩室にいとけよ。 救急箱あるし。俺ももうすぐバイト上がるから」 それがいいだろうと、俺も思った。 草薙さんに心配をかけるようでどうかとも思ったけど、それよりもルリだ。 「大丈夫だよー。ほら、オレよく怪我するから慣れてるしー。草薙さんに迷惑かけちゃうよー」 「お前はまた……」 光邦が呆れたようにため息をつく。 「リチェール?」 低い声に呼ばれ、ルリがびくっと肩を揺らした。 振り替えると、そこには店でも有名なたまに二人組で来るイケメンさんが立っていた。 「千さん!」 「お前はまた………。今度は何その怪我」 この人がルリの彼氏だったのか内心驚いたけど、すぐに謝らなきゃと「あの」と口を開こうとして、ルリに手で静かに制された。 「今そこで酔っぱらいに絡まれちゃってさー。こちらの二人の先輩が庇ってくれたの」 庇ってるのはお前だろ。 これはさすがに良くないと思う。 俺の連れがルリに暴力を振るったんだから。 「あの……」 「うちのが迷惑かけたみたいで失礼しました。お二人は怪我は?」 彼氏さんにも頭を下げられ、居たたまれない気持ちになる。 「あの、違うんです。俺が知り合いと揉めて相手が酔って俺に手をあげようとしてルリ………リチェール君が庇ってくれたんです。 ご迷惑をおかけしたのはこちら側です。本当に失礼しました」 深々と頭を下げると、ルリが焦ったように「そんな、やめてよー」と、俺の腕をつかむ。 「俺からもすぐそばにいて止められずにすみませんでした」 光邦も何故か一緒になって謝ってくれた。 「なんで二人が謝るの?オレが勝手に首突っ込んだんだよー?暁ちゃんも何回も止めてくれたし、光邦さんも仕返してくれたし」 ルリは相変わらず人を庇ってばかりだ。 彼氏さんはなんとかく状況がわかったみたいで、小さくため息をついた。 「お二人に怪我がなくて何よりです。 このあと何かあっても怖いし、二人とも車で送ります」 恋人に怪我をさせたあげく、送ってもらうなんてさすがに申し訳ないし気まずすぎる。 断ろうとしたけど、ルリがすぐそうしてよーと手を握るので、仕方なく頷いた。 「ていうか、さっきのことちょっと話したいし、オレの家すぐ近くだからアキちゃんも光邦さんも少し来ない?」 「え、でも………」 「そうだな。さっきのことは俺も少し話しておきたい」 光邦にまで言われ、迷惑かけた側の俺は頷くしかなかった。

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