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エゴイズム

平日ということもあり、もうほとんど客もはけていたようで、30分も待たず光邦は着替えて出てきた。 俺とルリは月城さんの車で、光邦は自分のバイクでそれぞれルリの家に向かった。 家につくと、まずはルリの傷の手当てを簡単に済ませて、一つのテーブルを囲うように座る。 月城さんは気を使ってくれたのか、寝室で待ってるといって席をはずしてくれた。 「………ごめん、オレ上手な言い回し出来るほど日本語まだうまく使いこなせないから、ストレートに言わせてもらうね」 一番最初に口を開いたのはルリだった。 「アキちゃん、あの人と別れなよ」 言われた言葉が意外で、え、と顔をあげる。 警察に被害届出させてもらうね、とかそう言うことを言われると思ってたから。 「え?じゃないよ。普段からあんな風に乱暴にされてるの?そうじゃないにしても、あの人ちょっと怖いよ」 心配そうな顔をしてルリの透き通ったエメラルドグリーンの瞳がまっすぐ俺を映す。 そんな顔しないでよ。俺は大丈夫なんだから。 「お酒を飲むとちょっと機嫌悪くなるだけで、普段はすごく優しいんだよ。 今回迷惑かけたのは本当にごめん」 「迷惑かけたとかどうでもいいよ。ちゃんとアキちゃんのこと大切にしてくれる人と付き合ってほしい」 そんな台詞、今まで光邦に散々言われてきた。 光邦を見ると、黙って俺を見るだけだった。 「俺は今が幸せなんだよ」 「どうして?」 ルリの労るような柔らかい声が、悲しそうなトーンで響く。 どうして放っておいてくれないんだろう。 「俺の、親の話になるんだけどさ」 ああ、いやだ。こんな話。 しかも、光邦の前で。 でも、今回迷惑かけたのは事実だから、ちゃんと話そうと、口を開いた。 「俺の父親は世のため、人のためにって常に動く人でみんなから好かれてた。すごく優しくていい人だったんだ。 …….お酒を飲まなければ」 当時を思い出して、一度深く息を吐く。 父さんはすごく優しくて、そして、とても弱い人だった。 「家でお酒を飲んじゃえば、よく母親や姉や俺に暴力を振るったよ。 昔はそんな父親が大嫌いでさ」 泣きわめく俺や姉を母さんが布団を被せて覆いその母さんの背中を父さんが何度も棒や物をぶつけていたのをよく覚えている。 どうして母さんが逃げなかったのか俺にはわからなかった。 次の日になると泣いて母に謝るくせに、お酒をやめれないことが反省してないんだと思っていた。 アルコール中毒は病気なのに。 「でも突然、母さんが病気で倒れてさ、なんかどんどん色んなことを忘れていって入院生活が長くなったある日にね、ついに俺達家族のことも忘れちゃってさ」 あなた、だれ? そう言われたとき、俺は母さんといることが辛くてたまらなかった。 身の回りのことを何もできなくなった母さんが俺を息子とも認識しないで怯えた目で俺達家族を見たとき、そばにいることがどうしようもなくつらくて逃げ出したかった。 「ひどい話だけど、俺そんな母さんを薄情だって思っちゃったんだよね。 病気だから仕方ないってわかってたのに、病院にもほとんど行かなくなっちゃってさ。俺の方がよっぽど薄情だって話だよね。 でも、父さんは忘れられても毎日毎日病院に通ったんだ」 お酒も突然スパンとやめて、病院食は不味いからとか言って母さんの好物をわざわざ作って、母さんが亡くなるまでずっと通い続けた。 「未だにわからないことだらけだよ。 どうして母さんが父さんの元を離れなかったのか、どうして父さんは母さんのそばにいれたのか」 それでも、二人はやっぱり一緒にいると幸せそうだった。 父さんも、母さんもお互いがお互いを支えていたんだと今ならよくわかる。 「あの時、離れたことをすごく後悔したんだ。 だから今度は俺は相手がどんなに情けなくても、弱くてもそばで支えていたいって強く思うし。 孝一のそばを絶対に離れない」 逃げ出してしまった時の苦しみに比べたら、たまの暴力なんて大した苦痛じゃない。 俺は今が幸せだから、もうほっといてほしかった。

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