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エゴイズム
ルリが静かに息を飲むのが聞こえた。
表情を見ると、一点を見つめて固まってフリーズしているようだった。
「……ルリ?」
「あ、ごめん。ううん。そーゆーことだったんだね」
「え?」
一人言のように呟かれた言葉に聞き返すと、ルリはいつものように笑って濁した。
それから、一呼吸おいてゆっくり口を開いた。
「……アキちゃんの気持ちよくわかるよ。
気持ち悪い話になるんだけどさ、オレの両親の話も聞いてくれる?」
「え?……うん」
「オレの両親は二人とも浮気性でさ、ほとんど家にいることがなかったんだよね」
それからルリは淡々と手短に話してくれた。
父親が母親とそっくりなルリにずっと性的な虐待をしていたこと、母親は弁護士で、自分も浮気してるから離婚はせずにその状況を利用していたこと。
日本に来てからも定期的にされていたこと。
それから、月城さんが救ってくれたことを。
正直、本当にあった話かよってくらいひどい話だった。
でもルリがたまに傷だらけになるのはそう言うことだったのかと、妙に納得する。
「オレはさ、親に利用されてたけど、オレ自身日本に来るために利用してたし、親のことを絶対に好きにはなれないけど、そんなに恨んではなかったんだ。
どこの家庭もこんなもんだって。みんな何かしら抱えてるって思ってたから」
相変わらず表情は笑ったままなのに、今はルリの悲しい気持ちが伝わってくるようで、切ない。
ずっとそんな環境をたったひとりで耐えてたの?
こんな、小さな体で。
「ねぇ、アキちゃん。ひとりで耐えるのって、楽だよね。
体はきついけど、大切な人に心配かけたり迷惑かけるのはもっと辛いし。……なんか相手をさ、悪者にしちゃう感じとか申し訳なく思っちゃったりしてさ」
見透かすように、ルリの瞳がまっすぐ俺を見る。
その通りだった。
俺は俺を愛してくれる人を、悪者にしたいわけじゃない。
「でも、あの時千さんはこんな気持ちだったんだって今あきちゃんの話聞いて初めて思うよ。
アキちゃんもお母さんが暴力振るわれてたとき、心配する側の気持ち分かってるでしょう?
アキちゃんをほっとけるわけないよ」
ルリの言葉がそのまま突き刺さるようで痛かった。
光邦の顔が見れない。
______暁、あいつと別れろ!お前自分が何されてたかわかるか!?
あの時、いつもへらへらしてる光邦のあんなに切羽詰まった、切なそうな表情を初めて見た。
普段の孝一は優しいし、優しい分弱いだけなんだ。
その弱い部分を俺が受け止めてあげないでどうする。
お前に何がわかるんだと手を振り払った。
うざいとか、ありがた迷惑だとか、お前のエゴに付き合ってらんないとか、ひどいことを散々言った。
それは光邦を巻き込まないために、守ってるつもりだった。
……そうだよな。母さんや姉さんに守られてばかりの頃の方がよっぽど辛かった。
光邦は、一緒に苦しんでくれてたんだな。
顔をあげると、光邦と目が合う。
光邦の手がゆっくり延びてきて、俺の唇を親指が撫でた。
「お前も怪我してんじゃん。絆創膏貼らなきゃな」
こんな小さな怪我、普通気付かない。
気付いたとしても、ほっといたらすぐ治るのに。
どうしてこんなにひどく当たっていた俺に、こいつは変わらずこんなに優しく接してくれるのかわからなかった。
「光邦、今までごめん」
「なにが?」
「光邦が心配してくれてた分かってたのに、突き放すようなことばかり言って」
「なに、お前そんなこと気にしてたの」
ふはっと、光邦が笑う。
俺の頭をわしゃわしゃ撫でて、「気にしてねーよ」と軽い調子で言われる。
「お前はあいつを支えられるほど強くない。
知らずに傷つけ合ってるとか、そんな関係よくねぇよ」
光邦のいってる通りだと思った。
孝一は俺に酷いことをしたあと、必ず泣く。
ごめん、ごめんって謝りながら。
孝一のことを好きかと聞かれたら正直それが恋愛感情としてなのかよくわからないものだった。
ただ弱いこの人のそばを離れられないと思ったし、大切にしたいと思った。
そこにあるのはきっと愛だと思ってた。
この関係は、お互いを傷付けてるだけで、離れた方がお互いの為なんだと、二人の話を聞いてよくわかった。
きっと、孝一に依存してたのは、俺もだ。
「………孝一とは別れるよ」
俺の一言で、光邦もルリもホッとしたように笑ってくれる。
この人たちにこれ以上心配をかけれないと思ったし、孝一にもちゃんと幸せになってほしいと心から思えた。
「お前まさか一人であいつに会いに行くとか言わないよな?」
「うん。光邦ついてきてくれる?」
そう言って見上げると、光邦が意外そうに目を丸くする。
それから、少年のように笑って俺の頭をまたわしゃわしゃ撫でた。
「当たり前だろ、ばーか」
きっと孝一を支えられるのは、光邦みたいな当たり前だと言えるような人なんだろう。
これが、俺を心配してくれる人につく最後の嘘になりますようにと、願う。
やっぱりこれは俺の問題だ。
人を巻き込めないし、精神が安定してない時の孝一を光邦に会わせられるはずがない。
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