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エゴイズム
暁side
「あれ?アキちゃん今日はもう帰るの?」
制服から私服に着替えてるところに、ルリが段ボールを抱えて入ってきて、スマホをポケットにしまった。
あれから三日、俺はもうずっと光邦の家に居候してる。
光邦の家は店からすごく近くて、大学も夏休み中だから、バイトの時間になれば同じで一緒に来て、閉店までいるのに、今日は10時に上がるルリよりも30分早く上がらせてもらった。
「今日は姉と会う約束してるからね」
「……へぇそうなんだー。ねぇ、明日ってなにか予定ある?」
唐突な質問に首をかしげる。
「なんで?」
「ん?明日からバイトしばらく改装工事で休みでしょー?オレらの連休が重なることないから光邦さんと三人であそぼーよ」
「………明日行けそうだったらまた連絡するよ」
「うん、まってるねー。おつかれさまー」
「おつかれ」
笑って手を降るルリに心のなかで謝る。
明日、多分無理だろうな。
店を出て、またポケットからスマホを取り出した。
「……もしもし、孝一?今職場出たから、紅葉公園で待ち合わせね。15分くらいでつくと思う」
スマホ越しに、静かにうん、と聞こえて電話を切った。
多分、光邦は怒るだろうな。
一緒に話つけに行くって言ったのに勝手に会ったりして。
ルリは怒りはしないだろうけど、心配してくれるんだろう。
こんないい人たちをこれ以上巻き込めなかった。
職場から徒歩15分そこそこ距離はあるし、かなり寂れた公園だから人通りもない。
光邦やルリの家の方向とは逆だし、たまたまルリや光邦にみつかるなんてことはまずないだろう。
さすがに家の中や車のなかで二人っきりで会うなんてばかな真似はできないけど、もし孝一が俺に手をあげたとしても大事にはしたくなかった。
____孝一の弱さは、よくわかってるから。
歩いて20分ちょっとしたら、街灯の消えかかった公園が目に入った。
奥に進むにつれて、暗くなっていく公園は少し不気味さを醸し出していて、心臓が萎縮するようだった。
「暁」
奥のベンチに腰かけていた人物が手をあげて近寄ってきた。
「あ、孝一またせてごめ……」
「会いたかった!」
ぎゅっと孝一の腕に包まれる。
お酒は絶対飲んでこないで。飲んでくるなら会わないってあれほど言ったのに、アルコールの臭いするし。
孝一、少し痩せたかな。目の下のくまも濃くなってる。
俺が離れただけで、こんなにボロボロになるこの人の手を俺は今から突き放さなきゃいけないんだ。
「ずっと、家に帰らなくてごめんね。
孝一と少し距離をおいてゆっくり色々考えたかったし、孝一にも考えて欲しかった」
「うん。あの日は手をあげてごめん。もう絶対手をあげたりしないから。暁を大切にするから」
孝一の手が小さく震える。
今まで何度泣いて謝って来たって、孝一はお酒をやめなかった。
でも、それで許してた俺が悪いんだろう。
「それはもういいよ。俺のことは大切にしてくれなくていい。
ちゃんと病院いって、アルコール中毒を直して」
「…………」
「俺はもう孝一のそばにはいられない。だから孝一、どうか強く生きて」
初めてあったのは中学生の頃、転校して、学校に馴染めなかった俺を二つ上の孝一が部活で声をかけてくれて、そこから友達ができていった。
孝一が大学に落ちて浪人していたころ、俺はその大学にストレートで受かってしまった。
孝一は笑って祝ってくれたけど、あの時はもうお酒を毎日飲むようになっていたんだろう。
友達として付き合っていたある日、酔った孝一に犯された。
ショックだったけど、ずっと好きだったごめんと、泣きながら謝られ、この人の弱い部分を父親と重ねてしまった。
殴られて犯されて痛む手を伸ばして包んだ孝一は余りにも小さく感じた。
この人は俺が支えてあげなきゃと、強く思った。
今度こそ、逃げないで俺の手で。
「あきら………?なんで……なんでそんなこと言うんだよ。俺のそばを離れないって言っただろ……?」
焦点の合わない孝一が俺の肩を強くつかむ。
肩は痛いけど、多分孝一の方が傷付いてる。
「孝一が俺の職場の人に手をあげたでしょ。
俺を心配してくれる人たちまで巻き込んでしまったのも、孝一が手をあげてしまったのも、俺のせいだと思うよ。
だから俺が終わらせなきゃいけない」
「ごめん!もう絶対殴らないから!だから別れるなんて言うなよ!………愛してるんだ」
すがるように俺を抱き締める孝一に、胸がいたんだ。
俺は、多分孝一のこと好きではなかった。
でも、どうしてもこんなにボロボロな人の手を振り払うことが出来なかった。
そういう俺の態度が余計に孝一を不安定にさせたんだろうね。
やっぱり俺が悪い。
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