123 / 594
エゴイズム
「孝一、もう謝らなくていいよ。
本当にごめんって思うなら病院行って」
「行く!行くから、別れるなんて言うなよ!」
俺の言葉を遮って捲し立ててくる孝一の声は、はまるで悲鳴のようだと思った。
「………ごめんね」
目があった瞬間、ガツッと脳に直接響くような音が聞こえた。
視界がくらみ、じんじんと左の頬が熱くなる。
やっぱり殴られるよなぁ。
明日からバイトが連休の今日を選んでよかった、なんてのんきに思えてしまう。
「俺のそばを離れないって言っただろ!!」
「…………っ」
もう一発、右頬を殴られ後ろによろけた。
孝一は血走った目をしていて、正気じゃない。
でも怖いとは思わなかった。
小さな子供のように震えて泣いてる姿を知ってるから。
「暁ぁ、捨てないでくれよ!お前がいないとだめなんだ……っ」
泣かないで孝一。
この姿の孝一を抱き締めあげることよりも、突き放す方が難しくて、悲しい。
「俺は孝一をだめにする。お互いのために離れるべきだよ」
「なんで俺を裏切るんだよ!」
また一発殴られて、今度は地面に倒れ混んでしまった。
「暁、どうして俺のことを捨てるの……」
孝一が馬乗りになって俺の首に手をかける。
ぽろぽろ流す孝一の涙が俺の頬を濡らす。
「…………こ……いち…っ」
息がつまって、声がでない。
だめだよ。孝一、こんなことしてまた傷付くのは孝一なのに。
こんなところ誰かに見られたらどうするの。
しっかりしなよ。
そう言ってあげたいのに、視界までぼやけてきた。
「うわっ!」
意識が途切れそうになった瞬間、孝一の悲鳴とともにその重みから解放された。
「かはっ!ごほ、ごほごほ………っ」
突然の解放に、激しく噎せこむ。
「またお前か!!」
なんとか上体を起こして孝一を見ると、すごい形相で何かを睨んで頭を押さえていた。
足元にトートバックが落ちていて、これを投げつけられたのだろう。
「………こ…っちの、せり、ふだっての……」
孝一の睨む視線の先を目で追うと俺以上にゼェゼェと荒く呼吸をするルリが汗だくになって立っていた。
「…………なんで……」
「なんでじゃないよ!
アキちゃんの考えることなんて手に取るようにわかるし!
めちゃくちゃ走り回って探したんだからね!」
まだ息も整わないまま声を張り上げたせいで、げほげほ!と咳き込みながらルリが俺の体を起こす。
「なんで、わかったの」
同じ質問をもう一度すると、ルリがはーっと深くため息をついて俺をじろっと睨んだ。
「オレ、アキちゃんの気持ちわかるって言ったじゃん。
アキちゃんがあんなにアッサリ素直に光邦さんを頼るはずないって思ったんだよね。
殴られてもオレたちにバレないようにしばらく会わなくていい日を選ぶだろうなって。
だとしたら、明日からしばらく仕事休みだし今日が怪しいなって思ってたらなんか案の定早く帰るし」
普段ののんびりした姿からは想像つかない顔して早口に捲し立てられる。
ルリが俺に対して怒るとは思わなかった。
「……なんでここがわかったの?」
「わかったらこんなに苦労しないよ!
めっちゃ走り回ったんだってば!
まぁ、会うにしても家の中とかそんな危険なことはしないだろうし、孝一さんのことも誰かに見られないよう殴られても騒ぎにならない人通りのないところ屋外だろうなってことは想像ついたけど」
びっくりするくらいその通りだった。
本当にルリに全部見透かされてたんだ。
「あとはオレや光邦さんがたまたま見付けたりしないようにオレや光邦さんの家とは逆方向なんだろうって思ってこの辺片っ端から走り回って。
あそこ廃工場とかも今見てきたんだからね!
おばけとか出たらどうしようってめっちゃ怖かったし!」
おばけって。子供かよ。
未だに呼吸も荒いし、伝う汗を手で拭って、本当に走り回って探してくれたんだと胸が締め付けられた。
「しかもなに首絞められてんの。オレの心臓が止まるかと思ったよ」
勢いをなくし、その場でへたへたと俺の肩に弱々しくもたれこむ。
その姿に、またぎゅっと胸が締め付けられた。
「ルリ、ごめ………」
「暁にさわるなぁ!!」
突然の叫び声にルリがバッと顔をあげて咄嗟に俺を庇うように背中に隠した。
孝一の手元できらっとなにかが光る。
「こうい…………っ」
うそだろ。
ルリに手を伸ばしたけれど遅く、う。と小さくルリが息をのむ。
その光景に目を疑った。
「Are you crazy……?」
ルリが腹部を押さえながら苦しそうに笑う。
頭おかしいだろ、とかそんな感じの英語をぼそっと呟き、倒れ混んだと思った瞬間その場の砂をつかんで孝一にかけた。
「うぁ…っ」
「アキちゃん走るよ!!」
状況についていけないまま、いきなり手を引かれ足がもつれそうになりながらなんとかルリに引かれるまま走り出した。
捕まれた手はぬるっと暖かく、目を向けると赤く染まっていた。
ともだちにシェアしよう!