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根比べ

リチェールside 痛むお腹を押さえて、人通りの少ない裏道を使ってなんとか自分の家に帰ってきた。 傷は深くないけど、かなり痛い。 本当にかなり。すごく。めちゃくちゃ。 千さんには、今日は職場の人とお泊まり会だと言ってるから大丈夫だけど、正直一緒に住んでて隠し通せる自信がなかった。 いや、隠してるのバレたらそれこそ嫌われそう。   でも次こんな傷つくったら一週間口聞かないって言われてるし、どうしようかなぁ。 とりあえず、明日の朝になったら少し遠くの病院に行って、それから考えよう。 ソファに座ると、スマホが鳴った。 開くとアキちゃんからのメッセージでどうやらうまく警察に保護されたらしく、やっとほっと胸を撫で下ろした。 まさか、刺されそうになるとは思わないでしょ。 軽くかすっただけでこんなに痛いのに、ブッスリ刺さってたらと思うとゾッとする。 傷口を見てみると思ったよりも血だらけで、うわと声を漏らした。 とりあえず、化膿しないように消毒だけでもしておかなきゃと、すごく痛んだけど、なんと済ませて、ガーゼで押さえて、包帯をきつく巻いた。 元から自分で傷の手当てとかするのは慣れてるけど、さすがに切り傷は記憶にない。 過去一番に痛かった気がする。 額はじんわり汗ばんでいて、少し動かすだけで痛い。 「千さん………」 怒るかな。どうか嫌わないでほしい。 でも、今回はどうしても相談できなかった。 アキちゃんのことだったから。 明日朝一番で病院に行くとして、もう眠ってしまおうと、目を閉じるとガチャと鍵の開く音が聞こえた。 まさか、と血の気が引く。 今うちの合鍵をもってるのは、ゆーいちともう一人しかいない。 足音が近付いてきて、この部屋のドアが開く。 「千さん………」 「どこが職場の人とお泊まり会だって?あの時の黒髪の子から連絡あったよ」 冷たい表情の千さんが無表情にタバコの煙を吐き出した。 そう言えば、何かあったらって千さんが二人に連絡先を渡してた。 アキちゃん千さんに連絡したんだ、と理解して息を飲んだ。 「ご、ごめんなさい。今、連絡しようと………」 「なら、最初っから今日は帰らないでいる気でいたのはおかしいよな? 多少は怪我するのわかってたんだろ」 言い当てられ、言葉が出ない。 思わずうつむいた。 「俺が怒る理由わかるよな?」 「あ、あのね。ちょっと切っただけだよ。全然たいしたことないから」 「……………もういい」 怒りをそのまま吐き出すようなため息をついて、千さんはオレを抱き抱えた。 でも、表情は冷たくていつもの優しさは少しも感じられず心臓が冷えていくようだった。 「ど、どこいくの?」 「…………………」 「オレ、自分で歩けるよ」 何を聞いても千さんは答えてくれず、そのまま夜間の緊急外来病院につくまで車では終始無言のままだった。 血のわりに傷はそんなに深くはなく、縫う必要もないと消毒と、きつめに包帯を巻かれるだけで治療はすんだ。 夜間だし、それなりの金額の治療費だったけど千さんが無言で会計してくれて、自分で払うと言っても無視されてしまい気まずさからオレも黙り混んでしまった。 気まずいと言うよりは、怖い。 本当に今度こそ呆れられたかもしれない。 「千さん、今日は本当にごめんなさい。 自分の問題とかなら絶対もう隠したりしないし、こんな真似しないから……」 家について、振り向いてくれない千さんの背中に訴えかけるけどやっぱり返事はない。 「千さん、無視、しないで………っごめんなさい……」 どんどん涙が溢れてしまって、千さんの服を掴んだけれど、そのまま千さんは寝室に行ってしまった。 どうしよう。本当に嫌われたかも。 仕方ないとわかってる。 元からオレと千さんが付き合えるなんておかしな話だったんだ。 いつかこうなることを覚悟していたはずだ。 それが、思ってたよりすぐきただけ。 そう思うのに、涙が溢れて止まらなかった。

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