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根比べ
次の日、リチェールは鎮痛剤に眠たくなる副作用が効いたのかいつもより随分寝ていた。
俺は午前中に今回の問題の子と会う約束があるから、寝ているリチェールを起こさないようにベットを出て軽くシャワーを浴びたら家をあとにした。
指定された喫茶店につくと、すでに着いていた見覚えのある黒髪の子が立ち上がって頭を下げてきた。
「またリチェール君に怪我をさせてしまい本当にすみません」
「いえ、どうせリチェールがつっこんでいったんでしょうし。
見てるとそっちも傷ひどいですね。大丈夫ですか?」
「俺は全然……」
「とりあえず飲み物何にしますか?」
席について、飲み物だけ手短に注文した。
コーヒーとアイスティーが届けられ、店員が下がるのを見届けると、彼が重たい口を開いた。
「……リチェール君は大丈夫でしたか?」
「傷は全然大したことなかったですよ。
昨日は電話ありがとうございました。
あいつ絶対俺に隠すつもりだったと思います」
「心配かけたくなかったんだと思います」
気持ちがよくわかると言うように頷く。
この子もリチェールみたいに自己犠牲が強いんだろう。
「普段ルリって呼んでるんでしょう。
俺の前だからって無理してリチェール君って呼ばなくていいですよ」
「あ、はい……」
「暁くん?だっけ?
昨日なんであんな状況だったんですか?」
「あ、はい。えと、何から話していいのか……」
困ったように黙り混んで、一呼吸置いて暁が顔をあげた。
それから、同棲してた酒乱のやつとは本当は光邦という友人と会う約束だったことや、それをうそだとリチェールが見抜いていろんな条件を照らし合わせて昨日暁を走り回って探したこと。
見付けたときには相手は気が狂って暁の首を絞めていたこと、リチェールがそれを止めてナイフで刺されたことや暁の気持ちを汲んで身を隠したところまで全部を言葉を選びながら話してくれた。
はぁ、と大袈裟なため息が漏れた。
なんというか、あいつは、本当にあり得ない。
何が刺されたのが自分でよかっただ。
「俺が取り乱してる時も、ルリ安心させるためにずっと笑っててくれて、俺の気持ちや安全を一番に考えてくれたんです」
暁がぎゅっと膝の上で拳を握った。
表情はそんなに変わらないけど、辛かったんだろう。
「あいつの支えはきっと月城さんだけだと思います。
傷をつけてしまった俺が言うのも何ですが、ルリが無条件で甘えられる相手になってあげてください。
今回は本当にすみませんでした」
律儀に何度も頭を下げる暁に、いい友達をもったなと思う。
本当にリチェールが俺を支えにしてるならこんなに苦労はしないっていうのに。
「今回のことはリチェールが自分で作った傷です。頭をあげてください。
あいつも馬鹿じゃないんである程度のことは予想してただろうし」
そう、リチェールのことだからきっとわかった上で突っ込んでいったんだ。
だから余計に腹が立つ。
自分の体をなんだと思ってるんだ。
俺がどんなに心配しても少しも届かないんだと思えてしまう。
テーブルに置いていた俺のスマホが振動して、目を向ける。
リチェールからのメッセージが画面に表示されていた。
「電話ですか?どうぞ。気になさらず」
「いや、大丈夫。でもそろそろ行きますか」
「ああ、そうですね。長く引き留めてすみません。
今日は突然呼び出してしまったのに来てくれてありがとうございます」
「いや、話聞けてよかったですよ。
これからが大変だろうけどがんばってください。
家まで車で送りましょうか?」
「いえ、このあと昨日のことでまた警察署にいかなきゃいけないんで。
すぐそばなんで大丈夫ですよ」
「そうですか」
自分が出すと言って聞かない暁から、年長者が出すものだからと伝票をとり会計を済ませ、店をでると、もう一度挨拶をしてその場をあとにした。
車に乗り込んで、先ほど届いたリチェールからのメッセージを開く。
『まだお怒ってまますか』
誤字が2ヶ所もあって、起きて俺が居なかったことに動揺したんだろうと、苛立っていた気持ちが少し落ち着く。
既読はついたんだろうけど、返信はしないで車のエンジンをかけた。
また泣きそうになって、家の中をそわそわしてるんだろうと思うとまだ怒ってるし、反省させたいけど、早く帰ってやならなきゃと思えてしまうから、この意味のない根比べは俺の負けだろう。
家について鍵を回すと、中からパタパタと小走りする音が聞こえる。
傷が痛むだろうから走るなって、言ってもきかないんだろうな。
ドアを開くと、リチェールが不安そうに駆け寄ってきた。
「おか、おえりなさい……」
出会った当初は、こいつ感情あんのかよってくらいへらへら笑っていたくせに、こいつも随分表情が出るようになったと思う。
「千さん、オレ………話が、あって……」
緊張したようにはりつめた声でリチェールが言う。
どうせ昨日のことだろう。
もう大体暁から話聞いたから話そうとしてる内容はわかってるけど、言い訳くらい聞いてやろう。
「………とりあえず、ソファに座れ。そこで聞くから」
「うん」
「歩いて痛くないのか」
「全然へーき」
短い会話をしながらリビングに向かう。
ソファに腰かけると、リチェールがキッチンからコーヒーをいれて戻ってした。
少し体を離して俺のとなりに腰かける。
「あの、ね…」
コーヒーを一口飲むと、リチェールは重たい口を迷うように開いた。
「オレ、今までね千さんがオレを好きでいてくれてるってどうしても実感わかなくて。
本当に大好きで、いつも助けてばかりで申し訳ないって気持ちと、大好きだから、幸せになってほしい。オレなんかじゃだめだって気持ちがほとんどだったんだよね」
ああ、こいつってそんなやつだよな。
いつまで、自分なんかが。とかくだらないことばかり考えてんだよ。
黙ってリチェールの話を聞く。
「千さんがオレをいやになるまで………もっといい人を見つけるまででいいから夢を見ていたいって甘えてたの。
だから、千さんがオレから離れるならそれは引き留めてしまわないようにって毎日自分に言い聞かせてた」
辛さを押さえるように、そっと息を吐くリチェールはいつになく神妙な声色で一つ一つ言葉を選ぶようにゆっくり喋った。
「でも……たった一日冷たくされるだけで、こんなに辛いのにもう離れるなんて考えられない。千さん、嫌いにならないで」
顔をあげてすがるように俺を見るリチェールは泣いてはいなかったけど、目に溢れそうな涙を溜めていた。
本当にこんなに泣き虫なくせに、どうして自分が傷つくことを厭わないんだろう。
「……言うことちゃんと聞くから、オレにもう一度だけチャンスをくれませんか………っ」
親に置き去りにされた子供のようにぎゅっとシャツを握って、今にも泣きそうなくせに、自分から俺に飛び込んでは来ない。
なんか、俺が意地悪でもして小さい子供を泣かしたような感覚になる。
いつもは飄々としてるくせに、犯されたり、刺されたりするより、俺に冷たくされる方が辛いとか、ばかだろ。
昨日のことを反省してるのかわからない。
今突き放して、もう少し放置したら次からは危険に飛び込むことはしないかもしれない。
でも、絶対に頼らないこいつにここまで言わせられたのだから今回はもう上出来だろ。
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