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根比べ

「リチェール」 名前を読んだだけで、びくっと肩を震わせる。 なにその顔。お前普段はもっとすかした顔してるだろ。 必死に涙を耐えてる表情すら、かわいいとも思えてしまうから重症だ。 「俺がお前を離すわけないだろ」 ほら、と手を軽く広げてやれば、瞳にたまった涙がぽろぽろと溢れ出す。 腕の中にすぐに飛び込んできた体は震えていた。 「正直カップルが喧嘩とかしてるの見てるとアホくせーって思って見てた」 喧嘩するくらいなら合わないんだろ、めんどくせぇし別れたらいいのにって、リチェールと出会うまでは思ってたはずなのに。 「喧嘩くらいするよな。これだけ本気で大切なんだから」 柔らかい髪を撫でると、華奢な肩が震えた。 「千さん、ごめんなさい………っ」 「今度隠そうとしたらもうバイトとか夜出歩くことも禁止にするからな」 顔を見ようと、背中から少し手を浮かせると、ぎゅっと俺をつかむ手に力が入る。 「離さないで」   普段のこいつなら絶対に言わない台詞が聞こえるか聞こえないかの小さな音で届く。 「は。なにお前、誘ってんの?」 普段甘やかしてやろうとはしてるつもりだけど、全然甘やかされなかったこいつが小さな子供のように俺にすがる。 普段からこれくらい素直だったらいいのに、と言おうとした口を静かに小さな唇で塞がれた。 リチェールからキスされるのは初めてで、思わず目を疑う。 不器用に口内に入ろうとする拙い舌を絡めとり主導権を奪った。 体を重ねてからも、キスをすると逃げるように一瞬体を離すくせに、今日は応えるように体を委ねてくる。 「どうした?今日はやけに積極的だなリチェール」 唇を離して、顔を覗きこめば、惚けた赤い顔が、色っぽく瞳を潤ませて俺を見上げた。 わざと煽ってるんじゃないんだろうけど、この表情は誰にも見せられない。 "千さん、オレなんかに捕まっちゃダメだよ" 俺がリチェールを好きだと言ったのは、同情だと思ってたリチェールが突き放すように言ったセリフが頭によぎった。 こいつはようやく俺の気持ちを信じれるようになったのだろうか。 「……うん、誘ってるのかも。しよう?」 リチェールからの気持ちを疑ったことはないけど、ようやく噛み合った気がしてもう一度、手に入れた小さな体を抱きしめた。

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