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穏やかな昼過ぎ
千side
俺の後ろを嬉しそうに追ってくる姿は犬のようだと思う。
「千さん、みてみてー。これ楽しそう」
見せてきたDVDは、一時期有名だったミステリー映画一本とSF二本 。
男同士だし同じようなのが目にとまる。
「いいんじゃねぇの」
さっさとレジに持っていこうとした俺をリチェールが手を引いて止める。
「もういいだろ」
「だめだよー。4本でお得なんだからあと1本だよ、千さんも一緒にえらんでねー。旧作からね」
リチェールは割と節約家だ。
そのくせ金はすぐ出したがる。
出させるわけがないけど。
「オレ、あっちの方見てくるねー」
気になる映画を見つけたのかその場から離れたリチェールに、選ぶことはもう任せようと今の新作を見て歩く。
月額千円少しでテレビで映画を見放題の動画配信サービスがあった気がする。
リチェールが映画好きならあれを契約してもいいかもしれない。
「なに見るんですかぁ〜?」
そんなことを考えてると女が話しかけてきて、さぁ、とだけ短く答えてその場を離れる。
DVDショップで逆ナンなんかするか普通。
そんなこと考えてると、ちょうど一つのDVDを手にとって裏面のあらすじを読むリチェールの姿を見つけた。
その少し後ろで20前半くらいの男二人がリチェールを目で追いながらひそひそと話をしている。
「やっぱかなりかわいいよな。土曜日の昼過ぎに一人でレンタルDVDなんて絶対ぇ暇なんだって。声かけてみようぜ」
「たしかにラフな格好だし、家この辺なのかもな。あのレベルの女が誘いに乗るか?」
「ワンチャン、酒飲ませてヤッちゃえるって」
聞こえてきた会話に、イラッとする。
イギリスの血が中性的に見せるのか、160ちょっとしかない身長や長め髪がそう見せるのか、相変わらずこいつは女に間違えられる。
本人が聞いたら多少は拗ねるんだろう。
華奢な肩を抱き寄せて手からDVDを奪う。
「わ、せ、千さん、な、なに?」
「字幕か吹き替えかどっちか気になって」
昨日もっとすごいことしたくせに、相変わらず俺が少し距離を詰めるだけで、顔を真っ赤にして慌てる。
でもすぐに平静を装うように笑う。
そんな虚勢も可愛く、さっきまで苛立っていた気持ちが落ち着くようだった。
「あはは。あんなに英語ぺらぺらでよく言うよー。字幕も吹き替えもいらないでしょー?」
別に今時英語くらい喋れるやつそこそこいると思うけど。
ちらっとさっきの男を見れば、そそくさとその場からいなくなった。
なにガキくせーことしてたんだって自分でも思うけど、こいつに近付く男はろくなやつがいなかったから敏感にもなってるんだろう。
つくづく振り回されていると思いながらも、悪くないと思えた。
家に着くと、届いたピザを片手で食べながら二人で並んでソファに座ってDVDを見る。
「やっぱり犯人はねー、この男だよ。
オレ最初からこいつ怪しいって思ってたんだよねー」
リチェールはミステリー映画を推理しながら見るらしく、さっきから物語が進む度に犯人をコロコロと変えて自信満々に言う。
俺は犯人とか考えないで流し見する方だから、リチェールの当てにならない推理を適当に相槌をうつ。
結局犯人は全然違うやつで、予想を裏切られそれなりいい映画だった。
リチェールも「全然ちがったしー」と気にした様子もなく笑って次のDVDをセットした。
肩が触れるくらいの距離でのんびりした時間をだれかと過ごすことがあるなんて、思ってもいなかった。
そもそも、自分が恋人を作ったことすら未だに信じられないと思うことがある。
「千さん、タバコ切れたの?とってこようか?」
「ん。わるい」
「んーん。オレもちょうど飲み物とってこよーって思ってたからー。ストップしといてね」
リチェールが二人分のグラスをもって立ち上がる。
本当に良くできたやつだと思う。
然り気無く気も使えるし、相手に気を使わせないし。
「はい、どーぞ」
「さんきゅ」
戻ってきたリチェールが笑ってたばこを手渡してくる。
箱から中身を取り出しながら片手で頭を撫でるとリチェールは嬉しそうに頬を赤くして笑うけど、俺自身リチェールの髪を撫でるのは好きだった。
柔らかくて、さわり心地がいい。
タバコに火をつけると、タバコを取りに行きながら灰を捨ててきたらしくきれいになった灰皿を俺のそばに置く。
「お前はタバコいやじゃないんだな」
今までの女が俺のためだとか恩着せがましいことをいってタバコをやめさせようとしてきたことをふと思い出す。
「あはは。長生きしてほしいから、やめれるならやめてほしいって思うけどちょっと複雑かなー」
「なにが?」
「タバコ吸う千さんカッコいいし、千さんの今の匂い好きだからねー」
こーゆーことは恥ずかし気なく言ってくるから、たまに意表をつかれる。
ほんと、なんでこんなになつかれたのか。
なんて返したらいいのか分からずもう一度くしゃくしゃとリチェールの頭を撫でた。
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