言われたファミレスに向かうと、折山は2時15分前なのにすでにいて、ジュースを飲んでいた。 「悪い。遅くなった」 「あ………いえ。ぼくの、親が……すみません」 相変わらず不安そうに途切れ途切れ話す折山は、また少しふくよかになった気がする。 こいつはストレスで体重が増えるタイプだった。 「気にすることない。お前はお前のペースで学校になれたらいいんだよ」 「そ、言って……くれるの、月城先生だけ、です」 折山が泣きそうな顔で俯く。 いや、あれだけのことがあったんだ。 学校なんて来たくなくなるのが普通だよな。 何もなかったように笑うリチェールが、一人で震える姿を思い出して、小さく息をついた。 「シンヤ、ここの読み方ちょっとわかんない」 「ん、どれ？」 後ろから、聞きなれた声が聞こえて振り向く。 そういえば、秋元とのプールをやめて課題を学校の近くですると言っていた気がする。 高い背もたれと、植木で見えないけど今の声は間違いなくリチェールだ。 こんな偶然あるか？ しかも、よりによって真後ろの席とか。 「あー、これね。"ゆううつ"だよ」 「んーと、どういう意味？」 「え、難しいな。ちょっと気分が優れないというか、億劫というか」 「おっくう？」 「えーーーっとね、なにしてもテンションが上がらない感じというか」 「体は元気なのに、なんとなく気分が元気じゃない、みたいな？」 「そうそう」 楽しそうな会話が聞く気がなくても聞こえてくる。 リチェールが絡んだときの折山は正直ちょっとめんどくさいし、席を変えたい。 でも店に入ったばかりだし、飲み物を注文したあとで席を移動するのも気が引ける。 「先生、聞いてる？」 「ああ」 男がまだ怖いこととか、友達を信用できない。夜も寝れないとか、そんな話を相槌を打ちながら聞き流す。 こういうのは、構いすぎるのはよくないから。 「シンヤ、これなんて読むの？」 「ん？あー、"ひわい"」 「どういう意味ー？」 「………ルリ、わざとじゃないよね」 「えっなんでー？」 わざとじゃねぇよ。 リチェールは訓読みは日本人でも読めない人が多そうな漢字も読めるけど、音読みは苦手だ。 たまに小学生でも読めるぞってのも読めないことも多々あるし、日本語も知識が偏ってたりする。 「卑猥の猥は、猥褻って書くだろ」 「わいせつー？」 「だから、こういうの」 「や……っな、なにすんの……っ」 おいこら何した。 リチェールの高い声に一瞬立ち上がろうとした体を落ち着かせた。 友達同士のじゃれあいだろ。 わかってる。わかってるけど。 「ははっ。ま、こういうこと」 「………もー、シンヤに聞かない」 そうしろ。と、強く思う。 これで不機嫌になったらリチェールが不安がるんだから、やりづらいことこの上ない。 そこから折山の話はヒートアップして、ついに泣き出してしまった。 チラチラこっちを見る店員の視線が痛い。 だから話聞くなら、校内がよかったのにと、内心竹田に悪態をつく。 「折山、泣くな。俺が無理に学校来いって言ったか？」 ため息をつきながら、過呼吸になる前に落ち着かせようと折山の隣に移動して、頭を撫でてやる。 目に入った腕は相変わらず傷だからけで、リストカットがもう癖になってるんだろう。 「月城先生……っ」　 胸にしがみついて、しゃくりながら泣く姿にどうしようかな、なんて思いながら頭を撫でてやる。 てか明日絶対竹田は呼び出して一言言おう。 「あれ？月城先生？」 名前を呼ばれ顔をあげると、席を立った秋元がこちらを見ていた。 「え、千さ……せんせー、いるのー？」 つられてリチェールも立ち上がる。 目が合うと、小さく息を飲んだのがわかった。 折山の体に微かに力が入り、ぎゅっと俺の胸に顔を埋める。 リチェールが一瞬傷ついた表情をしたけど、すぐにいつもの調子でへらっと笑った。 「なんかお取り込み中みたいだし、行こっかシンヤ」 「あ、そだね。またね先生」 片手をあげて返事をすると、手早くリチェールが教材をまとめて、秋元の手を握って店を出ていった。 折山だってことわかったよな？ いや、折山はずっと俺にしがみついてたから顔は見えてないかも。 泣いてる折山をそのままにできるはずもなく、落ち着くまでメッセージをいれることもできずにいた。 やっと折山が落ち着いたのは一時間後。 折山を車で家まで送り、一度学校に顔をだしてそれから家に帰ったけど、夕方には帰ると言っていたリチェールの姿はなく、電話をしても繋がらなかった。