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嫉妬

リチェールside お腹の傷も開いて激痛だったけれど、その痛みが今にも倒れそうなのに意識を保ってくれた。 壁に手をついて何とかシンヤの家を抜け出す。 ここに来たとき、気を失っていたからどこかわからないけど、とにかく離れようと歩いた。 「………っはぁ、はぁ、はぁ……っけほ」 目はくらくらするし、噎せるし、体力ないな、オレは。 進みながらカバンからスマホを取り出すと、千さんから1時間くらい前に着信が一件だけ入っていた。 のこり5%の充電でナビを使って家に帰れるはずもなく、電話しようかどうか悩んだ。 ほんと、これで何度目だよって思う。 いい加減呆れられるかな。 昼間いた人と今も一緒にいたらいやだな。 笑って誤魔化そうにも、身体中に青紫に変色するまで強く噛まれたあとがたくさんある。 でも千さんは、隠す方が怒るから。 いや、怒ってくれるから。 大きく息をついて、千さんに電話を掛けた。 ほんの1コールで電話が繋がる。まるで待ってたみたいに。 「もしもし」 「あ、千さん?あの……………っ」 あのね、悪いんだけど、迎えに来てくれないかなー?って、笑って言うつもりだった。 それなのに、声を聞いた瞬間涙が溢れて、声にならなかった。 「リチェール?」 「…………っふ………う、う」 手を口で押さえて、泣き声が伝わらないようにしてるのに、声を聞くたびどんどん涙が溢れて止まらない。 「リチェールどうした?何かあったのか?」 「………ひ、……っく……うう」 「泣いてたらわかんねぇだろ?今どこにいる。迎えに行くから」 「む、かえ、に、きて………っせんさ……千さん………っ」 中々言葉を続けられないオレに千さんは優しい声で話しかけてくれる。 「場所言えるか?」 「わか、んない……昼、間のファミレスから遠くないと思う………暗くて、小さい公園……」 「何が見える?」 「猫の、形した遊具が沢山ある」 「わかった。15分ではつくから、休んでろ」 「ごめんね………っう、ごめん、ね。千さん……っ」 迷惑ばかりかけてごめんと言えば、千さんは迷惑じゃないって言うんだろう。 でも申し訳なくて、苦しかった。 「リチェール、俺がつくまで泣くな。そのあとはいくらでも泣いていいから」 車のドアを閉める音がして、エンジンの音が続いて聞こえてくる。 千さんがここに向かってくれてるんだと思ったらまた涙が溢れそうだったけど、指で押さえた。 「はい………っ」 「えらいえらい。 今から向かうけど、このまま電話しながらでもいいけどどっちがいい?」 「あ、充電ないから、切れちゃうかも」 「じゃあ、すぐ付くから動くなよ」 「ごめんなさい。ありがとう」 変なの。千さんの声を聞いた時は涙が止まらなかったのに、心が温まるようだった。 千さんとの電話を切ると、ベンチに小さく腰かけ、お腹の傷の痛みに深く息をつくと、ポケットの中のスマホがバイブした。 そんなに早くつくはずないのに。と、画面を見ると、シンヤの名前が表示されさっと血の気が引いた。 もう拘束を解いたの? そりゃ、全然力は入らなかったけど、後ろ手で結んだのに。 どうしよう。シンヤってそこそこ足速いよね。 見つかるかもしれない。 さっきは意表をつけたけど、今もう一度押さえつけられたら、もう今の体の状態で勝てるはずがない。 手が震えて、携帯が地面に落ちる。 『は、ださすぎだろ……』 友達に犯されるんじゃないかって怯えてるって? 冗談じゃない。 相手は友達で、男だぞ。  怖がるなんて、ありえない。 そう思うのに、シンヤの噛んだところが急にじわじわ痛みだして、体まで震える。 シンヤの舌が身体中を這う感覚が、今起きてることのように生々しく甦って座ってすらいられず、その場に踞った。 どうしよう。この公園すぐ見つかるかも。 もう少し遠くに逃げた方がいいかな。 でも、からだが、うごかない。息もくるしい。 "ルリ" シンヤの声がすぐそばで聞こえた気がして、噛まれた首も腕も太股もお腹の傷も、どんどん痛みがまして、涙がにじむ。 「………っ千さん………!」 「なんだよ」 すがるように名前を呼ぶと、ふわっとタバコと香水の匂いに包まれた。 温かい温もりに、息をつく。 顔をあげると、辛そうな表情の千さんがオレを抱き締めていた。 「千さん………!う、うう……っせん……っう、せんさ……っ」 「遅くなってごめんな」 そんなことない。 千さんは伝えてくれた時間より早く来てくれた。 それなのに、ごめんという千さんの言葉が切なくて涙が止まらない。 子供みたいに泣きながら千さんと繰り返すオレの背中を大きな手が優しく撫でる。 「リチェール、帰ろう」 「うん……っ…うーっ」 「泣き虫。俺以外に泣かせれてんじゃねぇよ」 酷いこと言ってるのに、声は優しい。 千さん、オレ泣かなかったんだよ。 最後までずっと泣かなかった。本当だよ。   自分でも、どうして今涙が出るのかわからない。       泣き止まないオレを千さんが抱き上げて車の助手席に乗せた。 シートベルトまでしっかりつけてくれて、エンジンはかけたままだったらしく、車内はひんやりエアコンが聞いていて、気持ちが少しずつ落ち着いていくようだった。

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