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気持ちの行方
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「ひどい顔」
「ふふ。ゆーいちもだよ」
しばらくして、お互いの顔を見合わせて笑う。
そんなに号泣した訳じゃないけど泣いたってわかる顔してた。
「てか、いい年こいた男が抱き合って泣くとか気持ちわりーから」
「だからそれ、ゆーいちもだからだってば」
なんか、以前の俺たちにもう戻れた気がする。
そうだよな。俺たちだもん。
「………信也のことどうしたいかとか、今後のこととか少し話し合わないとな」
「んー、ごめんねー?」
「お前が謝るなって」
手を差し出すと、素直に受け取られ細い体を支える。
木陰になってるベンチにルリを下ろすと、二人分の飲み物を買って戻った。
「月城先生は何て言ってるの」
オレンジジュースを渡しながら聞くとルリが困ったように笑う。
まぁ、俺と月城先生の話なんて気まずいわな。
「一応言っとくけど、俺も他に好きな人出来たから」
「ええ?そうなの?」
「かわいい女の子」
嘘だけど、これまで散々ルリは俺を気遣って嘘をついてきたんだ。
これくらいの嘘、俺からのささやかな祝福だよ。
言ってみて初めて、大切な人のための嘘が暖かいものだと感じる。
「で、先生何て言ってるの」
「昨日オレが寝てる時にかかってきたシンヤからの電話とったらしくてね。
まぁよくは思ってないかなー」
だろうな。
俺も正直許すことができない。
「でもオレはやっぱり慣れない日本で支えてもらった部分も大きいし、一回の間違いなんて誰にもでもあるし。
そもそも、オレも悪いって思うから、けんかりょうほうせつだん?だっけ?
それでいいって思う」
「喧嘩両成敗だろ。
ルリさ、俺らに気遣わなくていいよ。
正樹と敦は勝手に信也とつるめばいいし、俺たちは俺たちで正樹と敦と普通につるめるし。
さすがに俺はまだ信也といれねーわ」
「最後までしたわけじゃないし、オレも蹴っ飛ばしちゃったんだけどなぁ」
「そういう話じゃない」
ルリはまた申し訳なさそうにごめんねと呟く。
お前のせいじゃないって何回言ってもこいつは聞かないの知ってるから、呆れてため息が溢れた。
「てか先生からしても嫌だろ。その辺を一番気ぃ使えよ」
「千さんは心配はしてるけど、やきもちとかはないと思うよー」
あるだろ。
なんでこいつはこんなに回りからの愛情に疎いんだろう。
家庭環境を思えば仕方ないのかもしれないけど。
「てか、ルリさこれ以上隠してることとかないよね」
「うん?んー、どんなことで?」
「色々と。隠し事すんなよ。
お前の嘘とか気遣ってるのわかるけどそーゆーのもう俺にしたら今度は絶交だから」
「えっ、まって、隠し事あるか考える!」
絶交とかするはずないのに、ルリが本当に焦ったように少し考える。
置いた距離を埋めるように、なんでも知りたかった。
「あ、そういえば、入学して一週間くらいして、三年の先輩にレイプされそうになったよー」
「はぁ!?」
「まぁ、未遂だったけど。
あ、でも別のやつらた本当にされたこともある。もう問題は片付いたけどね」
「はぁあ!?」
「あと、肝試しの時、こけたっていったけど、本当は崖から落ちて足怪我してたんだよね」
「はぁああ!?な、なっ」
「あと、職場の先輩の元カレにお腹刺されたことくらいかぁ。これももう片付いた問題だけど、これくらいだよ」
「お、おま……っ刺さ………!?」
「あとは、あ、古典と現社以外の宿題終わったよ」
「それはくそどうでもいい。あ、でもあとで写させて」
いきなりヘビーな話の連続に頭がくらくらする。
やっぱり色んなこと隠してやがった。
「……お前何かに取り憑かれてるよ。お祓い行けよ。ついてってやるから」
「それ千さんにもいわれたー」
あははってルリは笑うけど、笑えない。
正直バイトもやめてほしかった。
「本当にそれ、もう片付いた問題なの」
「うん。もう綺麗サッパリ」
笑うルリの顔を改めてみて、たしかに目つけられそうな顔だよなって今さら思う。
うちの学校は男子校だし、たしかに一部おかしな奴等はいるときく。
俺が学校では守らなきゃ。
ピコンと、ルリのスマホが鳴り、名前を確認して耳に当てた。
「もしもし?起きた?
書き置きにも書いたけど、今家のすぐ近くの公園でゆーいちとあってるよ」
同居人?てか、先生だろう。
ルリはベンチから離れようと立ち上がったけど、服では隠しきれない傷跡が見えてもう一度座り直させた。
「うんそう。仲直りできたの。うん、うん。あ、そうなの?」
俺はもう見慣れたけど、ふふ、と小さく笑う顔はかわいいと思う。
たしかにこれは先生でも好きになる。
校内で一番の顔立ちでモテるのは断トツ先生だけど、多分ルリも上から5番以内には入るだろう。
「え?いいの?本当に?あ、じゃあ聞いてみようかな。
またわかったら連絡するねー」
電話を切ってルリが俺を見る。
「あのね、千さんからなんだけどね。
ゆーいち今から家来るかって。暑いから熱中症なるじゃないかってー」
「え?いいの?あの人、他人を家にあげるとか嫌いそうなのに」
「うん。ついでに終わった宿題持っていきなよ。写すでしょ?だから、古典教えて?」
「ああ、それ助かる」
そういえば、昨日ルリが熱中症になったところをシンヤの家に連れ込まれたと聞いた。
こいつは貧血持ちだし、日差しや暑さに弱いから先生も心配なんだろう。
「行こうか。お家すぐ近くだから」
「お前貧弱だし、おんぶしてやろうか」
「ラッキー」
「マジかお前」
冗談で言ったのに、ルリはぴょんと俺の背中に飛び乗って、首がしまらないようにとっさに支えた。
「てか軽っきもっ」
「へー?そんな軽いオレなら余裕で持てるねー?家までよろしくー」
そう言えば、昔からルリを言い負かしたことないかも。
近い距離に、ふわっと柑橘系の香水と甘い香りが混ざって鼻をくすぐる。
昔、よく遊び疲れて寝てしまった体力のないルリをおぶって帰ったのを懐かしく思った。
「あ、コンビニ寄って、お菓子とかジュースとか買おう」
「ついたら降りろよ」
「エーどうしよっかなー」
くすくす笑う声も、何気ないじゃれ合いも全部が懐かしく、少しくすぐったい。
しばらくして到着したマンションは馬鹿でかくて驚いた。
「ここだよー。千さん、ただいまー」
靴をキチンと揃えて入るルリに続いて俺もお邪魔しますと、一言言って中に入った。
男の二人暮らしとは思えないほど綺麗に整理されてる。
「おかえり。久しぶりだな佐久本。外暑かっただろ」
リビングに入ると、先生が読んでいた新聞から顔をあげた。
白衣とシャツの先生しか見たことないから、少しドキッとしてしまう。
寝起きなのかな髪型もいつもと違う。
「お邪魔してます」
会釈をすると、先生が軽く手をあげてくれる。
「千さんご飯まだでしょ?簡単に作るから、ここでゆーいちとテレビ見ててね」
「え、あ、俺も手伝うよ」
「いいよ。15分くらいで出来ちゃうから。ゆーいちももうお昼だしお腹すいたでしょ?」
言われてみたら腹減った気もする。
素直に頷くと、先生にコーヒーと俺にジュースを置いてルリはキッチンへ行ってしまった。
静かな空間に、テレビのニュースと先生の新聞を捲る音だけが聞こえる。
ふいに先生が立ち上がり何処かへ行ってしまった。
やっぱり気まずかったのかな、とか考えていたら小箱を持って戻ってきて、さっきより近い距離でソファに腰掛けた。
「佐久本、手ぇだせ」
「えっ?」
「右手」
言われて右手を見ると、拳骨のところが少し赤く腫れていた。
言われるまで全然気が付かなかった。
「あ、これ信也殴ったときの……」
つい口にしてしまっていて、ハッと閉じる。
ちらっと先生を見ると、ふはって笑っていた。
「なにお前。秋元殴ったの。若いっていいな。俺は立場上殴れないからさ」
さんきゅって笑いながらくしゃくしゃ頭を撫でられた。
先生ってこんな笑い方するんだ。
いつも意地悪っぽく笑ってるイメージだった。
「てか、先生。いいの、俺に色々オープンにして」
付き合ってることとか、一緒に住んでることとか。
男同士とかさておき、二人は教師と生徒だ。
「佐久本ならいいよ。信用してる」
そんな信頼してるとかさらっとさ。
ルリの幼馴染みだから?
「あ、そ」
どれだけ大切にしてんの。
俺はルリを傷付けたし、あんたのことも好きだったというのに。
ああ、でも。
やっぱり憧れの人からこう言われるのは嬉しい。
今、俺は先生の家にいて、先生の隣でソファに座ってる。
これもすごいことだ。
望んだ形ではないけど、それでもこの人のそばにいれるのはやっぱり嬉しい。
緩くウェーブのかかった黒髪も、少し色黒の肌も、全部好きだった。
この気持ちを本人に伝えることはない。
「千さん、ごめん。蓋が開かない。開けてー」
「ん」
それでも目の前で穏やかに笑う二人を見て、先生への気持ちは幸せな形で終わりを迎えられたんだと思えた。
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