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新学期
夏休みが終わって、暑さも終わりかけ校内は体育祭の話で持ちきりだった。
「ルリ、種目決まった?」
「んー、楽なのがいいなぁ」
ゆーいちが呆れたようにオレの希望表をとりあげた。
第一希望を玉入れ。第二希望が綱引き。あとひとつ第三希望をなにか楽なものがないか考えていた。
そもそも、運動測定の100メートル走のタイム順に勝手にすでにリレーの選手に選ばれたことすらまだ不満だった。
当日サボれないじゃん。
「お前さぁ、一年に一回しかないんだから、騎馬戦とかそーゆーのやってみろよ」
『はー?騎馬戦ってあの人の上に乗ってもみくちゃになる臭そうな競技?馬鹿じゃないの?』
悪態を誰にも聞かれないように英語で言うと、ゆーいちがぽこんとオレの頭を叩く。
「ゆーいち乱暴ー」
「よし、お前障害物リレー出ろ」
なにがよしなのかわからないけど、ゆーいちがオレの希望表を勝手に書き換える。
第一希望が障害物リレー、第二希望が二人三脚。第三希望が騎馬戦だった。
『パン食い競争とかあるじゃん。これイギリスにはない文化だろ。出てみれば』
『絶対やだよ。大体パン食い競争ってなにあの手を縛って吊るされたパンを意地汚く食らい付く競技だろ』
『お前は本当に英語だと口悪いな』
もう一度ぽこんと、頭を叩かれ頭をさする。
禿げたらどうしてくれるの。
「こんな時くらいしか汗なんてかかないんだから。
どうせならただ走るだけじゃない競技やった方がいいだろ。これで提出しとくから」
有無を言わせずゆーいちが勝手に書いて提出してしまった。
別にスポーツ得意だからいいけどさ。
「ルリ君、意外と目立つの選んだんだね」
担任の佐倉先生にまで珍しそうに笑いかけてきた。
「ちがうよ、せんせー。こいつが無理矢理書いたのー。オレはもっと楽なのしたーい」
ゆーいちを指差して悪態をつくと佐倉先生がふふって柔らかく笑う。
佐倉の先生は優しくて、美形でクラスのアイドルみたいな人だ。
「なんで?ルリ君が頑張ってるとこ先生みたいな」
「ほら、佐倉ちゃんもいってんじゃん」
「先生つけてね、佐久本くん」
「ね!せんせー、ゆーいち生意気だよねー」
「うん?でも可愛いよ」
サラサラとストレートの髪を指で遊ばしてせんせーが笑う。
男の人で、身長も高いのに細身で綺麗だと思う。
オレが襲われたくらいなんだから、この先生もとっくに襲われてそうだよな、とか変なことを考えてしまう。
「そういえばルリ君、古典の田所先生が放課後話があるから指導室に来てっていってたよ」
げ。と思わず言いそうになってなんとか止めた。
田所先生は成績優秀なオレが古典ばかりよくない点数をとることをよく思っていない。
古典だけじゃなくて、日本史や現社だって他の教科に比べたらよくはないけど、それでも常に平均よりは上だ。
絶対オレ、優秀な部類なのに、なにかと難癖をつけてくるやっかいな先生だった。
「夏休みの宿題全部やってたのにね?なにか田所先生にしちゃった?僕、一緒に謝りにいこうか?」
心配そうに佐倉せんせーが首をかしげる。
大丈夫ですよーって笑って、気付かれないように小さくため息をついた。
_________
放課後、言われた通り指導室に迎い三回しっかりノックをして、ドアを開けた。
「たろころせんせー、一組のアンジェリーですー」
ん、また噛んじゃった。
田所ってなんか言えないんだよね。
振り返った田所先生は切れ長の目で鋭くオレを映した。
「アンジェリーか。遅かったな」
「すみません。ホームルームが長引きましたー」
とにかく笑って流す。
苦手な相手にはこれが尽きる。
「アンジェリー、お前はまた古典だけ成績悪かったぞ」
「すみませんー。助動詞と漢字の読みがまだよくわからなくてー」
ここができていない。自分が出来てないところもわかってないのか。とか、言われないように、前のテストを見返してから来た。
田所先生は面白くなさそうにむっと顔をしかめた。
「お前は他の授業はよくサボってるらしいな」
「そうですねー、体が弱いんで。得意科目は休憩をいただくこともありますかねー」
「俺の授業はサボったことないのに他のどの教科よりも点数が低いのはわざとか?」
その話何回目だよ。
呼び出されるってわかっててわざわざ悪い点とるかっての。
ネチネチとしつこくて、本当この時間地獄。
「日本語もこうやってゆっくり喋らないと言えないくらいなんでー、古文はさらに言葉も違って難しいですけど、今度はいい成績が出せるように頑張りますー」
笑顔でさらっと切り抜ける。
この人と話してると、酔っぱらいのお客さんの相手の方が楽だなって思えてきた。
「見てやろうか」
「えっ」
また、げっと言いそうになってぐっと堪える。
そんなオレの心境を知ってか知らずか、田所先生はふっと笑って言葉を続けた。
「数学や科学なら学年一位をとるお前にあまり悪い点をとられると俺も困るからな。放課後、勉強見てやるよ」
「そんな。申し訳ないですよー。
ほら、僕、赤点とってる訳じゃないですし、他の課題もたくさんあるんでー。部活もありますし、もう少しで体育祭もあるから、僕だけにせんせーのお忙しいお時間いただくわけにはいきません」
接客業で覚えた、相手を気遣うふりして断る言い回しを言ってみたけど、思わず早口になってしまったからか、田所先生はまたムッと顔をしかめた。
なんだよ、間違ったこといってないだろ。
思わず睨み返したくなる気持ちをぐっと堪えてなんとか笑って流す。
「いや、だめだ。お前の古典だけ悪い成績は問題だ。とりあえず今日から一週間放課後残るように」
な、なんて横暴なんだこの糸目やろー。
こんなこと問題にしてるくらいなら、赤点とってる奴ら見てやれよ。
「わかりましたー。せんせーの忙しいお時間頂いて申し訳ないですが、よろしくお願いしますー」
でも、反抗してこれ以上嫌われても厄介だからここは素直に笑顔で頷いた。
とりあえず、今日はバイト休みだからいいけど、明日から出勤が少し遅れることを草薙さんに電話しなきゃ。
それから、千さんにも一応話しとこう。
「このことは顧問に伝えておこう。弓道部だったか?」
「え、自分で伝えますよー」
「いや、俺から伝えておく。今から行ってくるから、教科書とノートを準備しておくように」
「…………………ありがとうございまーす」
ああ、もう、本当にこの先生、苦手。
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