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新学期

「あー、悪い。ちょっと強引だったな」 ふわっとブルガリブラックの香りが届く。 薄暗い部屋でも間違えようのない、ずっと会いたかった人がいたずらっぽく笑っていた。 「せん…………っ」 思わず大声が出てしまいそうなオレを千さんがしーっと口に手を当てる。 後ろからパタパタとスリッパの音がして、焦って声をおさえる。 スマホも取られてたし、学校ではずっと見張られてたからたった三日会わなかっただけなのに、なんだか本当に久しぶりな気がして、飛び付いてしまった。 「はいはい。落ち着けって。寂しかったな」 ぽんぽんと背中を撫でられ、ぐりぐり胸に顔を押し付けた。 声も匂いも、張り詰めた緊張を解してくれるようだった。 「千さん、ごめんね。あのね、スマホね」 「田所にとられてたんだろ。佐久本からきいたよ」 「ゆーいちが?」 「リチェールが意固地になって張り合ってることとか、体調悪いの無理してることとか、あいつも色々心配してた」 ゆーいちが千さんに話をしてくれてたんだ。 たしかにオレは意固地になってたよな。 予鈴が鳴り、ハッとする。 また授業をサボったことが田所先生にバレたらこの地獄のような補習が延びてしまう。 「ありがとう、千さん。めっちゃ元気チャージできた! 授業遅れるからいくねー」 背伸びして、首に腕を回して引き寄せて、やっと届く千さんの頬に口付けて離れようと一歩下がった。 ドアに向かって、振り返ろうとしら後ろから手を引かれ、抱き締められる。 「お前体調悪いだろ。一時間休め」 千さんから休めと言われるのは珍しい気がする。 授業ちゃんと出ろってそればかりなのに。 「え、でもね。サボったら、たろろこせんせーがめんどくさいから……」 「お前田所って言えないの」 「た、ろころ」 「田所」 「月城千がいえたらいーのっ」 諦めて、ふんってしたら、千さんが呆れたように鼻で笑う。 顔ももちろんだけど、声も、仕草も全部かっこいい。 もっとぎゅーってして、ちゅーしたいけど、一時間一緒にいるのを我慢したせいでまた一緒にいられない時間が伸びたらいやだから名残惜しいけど、今度こそ離れようとした。 でもやっぱり我慢できなくて、千さんの服をぎゅっとつかんだ。 「千さん、ちゅーして」 「さっきしただろ」 「オレからじゃん。 もう三日も触ってなかったんだよ。 千さん不足で死んじゃう」 「俺の忠告無視して授業いくんじゃねぇの?」 千さんが意地悪な顔して笑う。 田所先生からの評価なんてどうでもいいって思わせたの千さんなくせにさ。 「いいの。元々科学は前回一位だったし、体調悪いのは本当だもん。 一時間………やっぱり次の数学まで二時間休む」 「どさくさに紛れて増やしてんじゃねーよ」 ふっと笑って千さんがオレの頭に手を置く。 千さんの手に撫でられると、気が抜けて、どんどん我慢してた眠気が押し寄せてきた。 今寝ちゃうのもったいないな。 「元々貧血ぎみなんだから、睡眠と食欲だけはちゃんと取れ。危なっかしくて見てられない」 「そんなに今のオレ顔色悪い?」 「歴代7位くらいだな」 「微妙な位置だね」 たしかに、何度もボロボロの姿を見せてきたから千さんも見飽きたくらいだろう。 体を支えてくれる千さんに甘えて、顔を埋めていたら、本鈴が鳴って授業が始まったんだとわかった。 「お前はどうでもいいときサボるくせに、本当に体調悪い時に言わなきゃ休まないってどうなってんだ」 「口うるさいだけのせんせーなら無視するけど、たろろこせんせーはしつこいしネチネチしてるからあんまり目つけられたくないじゃん」 「言わせとけばいいんだよ。 実力は成績で見せてるんだから、田所一人がお前をどう評価してもなんの影響もないだろ。 アホみたいに嫌がらせを真面目に受けてやってないで、ちゃんと体調悪いときは休め」 「はぁい」 素直に返事すると、千さんがよし、と頭を撫でてそのまま部屋を出ようとする。 思わず待ってと、手を引いて引き留めた。 「千さん、ちゅーは?」 「盛ってんじゃねぇよ」 意地悪く笑いながら、引き寄せられ唇が触れた。 簡単に入ってきた舌からはほんのりタバコの苦味がまざって体が熱くなっていく。 「………ん………っ」 鼻から漏れた声に、ふっと千さんが笑う。 「キスくらいで反応すんなって。こんなとこじゃやれねぇんだから」 言われて初めて、反応したオレ自身がぴったりくっついた千さんに当たってしまってることに気付いた。 「ち、ちが………っ」   顔が一気に熱くなっていく焦って体を離そうとすると、ぐっとオレを包む手に力が入って抜けられない。 顔をあげられ、もう一度深く口づけられた。 「………ふ……」 頭がぼうっとして、段々なにも考えられなくなる。 千さんの手がするっとオレの服に入り込んでウェストを撫でられ、ぴくっと反応してしまう。 「………っせ……………んんっ」 なにか言おうとしても、深い口づけに息すらも苦しい。 片手で簡単にオレの頭を固定してもう片方の手で体に触れられる。 後ろに逃げようとしても壁で行き場をなくしてしまった。 「………っこんなとこじゃできないんじゃないの」 やっと唇が離れ、なんとか言葉を出すと、千さんがいつの間にかボタンをとられていたのか、露出された胸に舌を這わせた。 「………や、………っぁん。いつの間に脱がしたのっ」 「さぁな。誰かさんがキスに発情して夢中になってるとき?」 「そ…………っんぁ」 そんなことない!って言い返したいのに千さんの舌に体が反応して言葉にならない。 今は授業中だし、ここは教室からは少し離れた空き部屋。 しんっと静まり返った室内にオレの声だけが響いて恥ずかしい。 「やっぱお前の声高いし、響くな。ハンカチ持ってるか?」 「え?も……ってるけど」 ハンカチというか、ポケットに入れたハンドタオルを千さんに渡すと口に当てられた。 「くわえてろ」 「えっ、えっ、こ、ここで本当にするの?誰か来たらど……っわ」 動揺して抜け出そうとするオレを千さんにおさえられる。 ひょいって簡単に抱き上げられ、なにもないテーブルに下ろされた。 普段立ってたら見上げてばかりの目線が並ぶ。 「リチェール、静かにしろよ」 「やっ千さん、お家でしようよ………ここは……っあ」 胸を吸われて、ぞくっと体が震える。 漏れてしまう声に、思わず言われた通りハンドタオルを口に当てた。 「くわえた方が声押さえられるから。ほら」 「んぅ………っ」 優しく、ハンドタオルを押され素直にくわえてしまう。 机の上に押し倒され、見上げた千さんは相変わらず飄々と涼しそうに笑っていた。 「少し苦しそうな顔が妙にエロいよな。他のやつにみせんなよ」 「ん、んん………っ」 千さんに耳を舐められ、びくっと反応したけど、声はくぐもって響かなくなった。 学校でするなんて、AVじゃないんだから、ひやひやするだけで興奮なんかするわけないって思ってたのに。 「普段より感度よくないか?ヘンタイ」 ぼそっと耳元で言われ、それにすら声をあげそうになってしまう。

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