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新学期
累side
しばらく勉強を見てもらっていると、4限の終わるチャイムの音が鳴った。
「キリもいいし、休憩するか」
教科書を閉じながら先生は顔をあげる。
普段はしていない眼鏡がかっこいい。
運転中と、長くパソコンを見るとき。
あと目が疲れてる時はするんだって前教えてもらった。
「……うん」
他の生徒よりは、僕はきっと先生に近い距離にいる。
でもなんとなくわかるんだ。
ルリ君ほどじゃないって。
だって先生が名前で呼ぶのルリ君だけだもん。
先生、僕のことも累って読んでくれないのかな。
昼御飯だって毎日保健室で一緒に食べてるし、一緒にいる時間はきっとルリ君より長いのに、どうして。
もどかしくて、苦しくて、焦りばかりが募っていく。
「ちょっと職員室に用事あるから先食べてろよ」
「うん……」
先に食べるわけないじゃん。
一緒に食べたいのに。
簡単に机の上を整理して保健室を出ていった先生。
授業中だったさっきとはちがって、騒がしくなった外の音が室内に一人残された僕の恐怖心を扇ぐ。
誰か入ってきたら、こわい。
もう関わってこないだろうけど、あいつらだったら、どうしよう。
つい、鍵かけてしまう。
先生はマスターキーがあるから開けられるだろう。
鍵をかけると、すこし気持ちが落ち着いていくようだった。
「はぁ……」
気持ちに余裕ができたら、なんとなくルリ君がいるであろうベットに意識がいく。
まだ寝てるのかな。
こそっとカーテンを覗くと案の定ルリ君が寝ていた。
真っ白な肌に、白に近い金の髪。
華奢体も、色素の薄い長いまつげも全部が綺麗で、まるで造り物に見えて気持ち悪い。
なんか、普段から色んな男の人とたくさんしてそう。
ふわふわの緩いウェーブのかかった髪は肩にかかるくらい長くて、本当に女の子みたいだ。
あんなことがあったのに相変わらずへらへら笑ってて、怖いとさえ思う。
この人、感情あるのかな。
あーゆーの、嫌じゃないのかな。
この容姿で先生や、色んな人に迫ってるのかな。
考えれば考えるほど、気持ち悪かった。
優しいふりしてさ、僕を気にかけるのも先生へのポイント稼ぎだとしか思えない。
僕はあの時、過呼吸になりながらでもルリ君を庇ったのに、当のルリ君はへらへら笑えるくらいなんともなかった話なんだ。
実は強姦されて楽しんでたんじゃないかってさえ思える。
僕はあれから余計に外に出れなくなったし、学校に来るのも、本当は怖くて仕方ないのに。
ルリ君は傷付いたふりをして先生に媚をうって汚い。
思いっきり汚されたらいいのに。
立ち直れないくらいボロボロに。
その綺麗な首筋にそっと手を伸ばすと、びくっとルリ君が跳ねるように起き上がって僕の手をパシンッて叩いた。
「いたっ」
ルリ君は焦点の会わない目で僕を見て、真っ青な顔でガタガタと震えていた。
えっ、と思わず体が硬直してしまう。
「………る、いくんか………っ_____ごめんねー。寝てるときに触られるの一人暮らしだから慣れてなくてさ」
僕を認識するまで呼吸すらも苦しそうだったのに、一瞬でへらりといつもと同じ笑顔に戻ってしまった。
ぞわっと鳥肌がたった。
なにも言えずに固まっていると、ガタガタとドアから音がした。
それからすぐカチャと鍵が空く音がして月城先生が入ってきた。
「リチェール、起きたのか」
すぐにルリ君を見て、僕なんて視界に入ってないみたい。
「お前男子トイレで倒れてたぞ」
「ああ、そう。男子トイレで倒れてたんだー」
含みがあるような意地悪な笑い方をする先生に、嫌味なほど爽やかに笑うルリ君。
なんだか珍しく怒ってるようにも見える。
やだな。まるで二人っきりの世界みたい。
先生、僕を見て。
絶対ルリ君よりも僕の方が先生のこと好きだし、長くいるのに。
「………先生、ご飯食べよ。ルリ君、友達待ってるんじゃないの」
二人が同時に僕を見る。
なんだか咎められてるようで怖くて先生の後ろに隠れて服を握った。
「あ、そうだねー。寝たら体調もよくなったし教室に戻ろうかな」
ルリ君の言葉にほっと胸を撫で下ろす。
ご飯は先生と二人で食べるんだから。
「いや、リチェールはこのまま家まで送る。今日は帰れ」
えっ、と声をあげそうになる。
先生どうしてルリ君ばかり気にかけるの?
「せんせー、オレもう元気になったよー?」
「だめ。今日はかえって寝ろ」
「あ、でも、それなら、オレ自分で帰れるよー?」
「リチェール」
強く先生に名前を呼ばれ、ルリ君は困ったように先生を見上げる。
なんだよ、見せ付けて。
「じゃあ……お願いします」
「お利口さん」
ぽんぽんと頭を撫でられ、嬉しそうに顔を赤くする。
その顔わざとだろ。
意識ないとすこし触っただけで青ざめて震えてたくせに。
「じゃあ、折山。こいつ送ってくるから、ちゃんと飯食ってろよ」
「うん……」
やっぱり、ルリ君なんて大嫌い。
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