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先生の友人
リチェールside
職員室で担任の佐倉せんせーに早退することを伝えると快く承諾してもらえた。
「実は先生もね、ルリ君顔色悪いなって思ってたんだよね。
ルリ君は成績も優秀だし、田所先生には僕から言っとくから、体調には気を付けてね」
佐倉せんせーは綺麗な顔でゆったり笑う。
癒し系だよな。
「大丈夫だよーせんせー。オレが成績あげればいいだけだからー。
安心して見ててねー。たろろこせんせーに負けないしー」
「ふふ。どうして田所先生っていうのぎこちないの?
ルリ君は本当にいい子だね。気を付けて帰ってね」
両手で拳を作って見せたら、佐倉せんせーが逞しいねってパチパチと拍手しながら笑う。
それから、わざわざ立ち上がって送ってくれる千さんに挨拶まで行ってくれた。
「月城先生。すみませんが彼のことよろしくお願いします」
「ええ、はい。佐倉先生はこのあと授業でしたよね。こっちは任せてください」
千さんの敬語聞きなれない。
いつも偉そうなのに変なの。
佐倉先生に会釈をして、二人で駐車場にむかった。
「田所のこと俺からも言っとくけど、佐倉にもお願いしたらいいだろ。
お前はなんでも自分で解決しようとしすぎ」
車に乗り込むと、コツンと小突かれようやく二人の時間ができたみたいに思えた。
先生と生徒から、恋人に戻った、みたいな。
嬉しくてつい顔が綻んでしまう。
「問題は自分で解決しないとねー。
てか千さん。男子トイレで倒れてたって設定はないでしょ。オレばっちぃじゃん」
車のエンジンがかかってゆっくり動き出す。
片手でハンドルを操作しながら、タバコに火をつけて千さんが笑った。
「そこかよ。
学校で変なことしてくるな、とか。他に怒るところあっただろ」
「うん?んーまぁ、千さんの立場があるから学校はひやひやするけど、初めて千さんからエッチしてきたでしょ?嬉しかったからいーの」
ちゃんと両思いなんだなって改めて思えたから。
それに、千さんがオレを帰らせて休ませるためってわかるから、なにも言えない。
千さんが意外そうに目を丸くしてオレを見る。
「お前セックス嫌いだろ」
なんで?今までのエッチは毎回オレから誘ったのに。
「気持ちが滅入ってる時、なげやりみたいに体差し出してくるだろ」
「え?オレそう思われてたの?」
たしかに一回目は、付き合った初日にまるで気持ちを試すように誘った気がする。
最近はシンヤにされたことを忘れたいから抱いてって…………うわ。
これ、オレ中々ひどいんじゃないか?
千さんはオレが怖がるからって自分からは触ってくれないし。
「あ、あのね、千さん」
改めて口を開こうとすると恥ずかしい。
千さんとの行為は、気持ちよくて愛されてるんだって安心できるから、好きなのに。
そもそも、これまでオレがしてきたものとは完全に別の行為にすら思える。
でも、それをそのまま言葉にするには、恥ずかしさがどうしても邪魔する。
「千さんとの………その、エッチは、なげやりなんかじゃなくてね……」
ああ、もう。顔が嫌ってくらい熱い。
恥ずかしくて死にそう。
「千さんとするのは、怖くないから。
千さんが嫌じゃなかったらもっと触ってほしい、よ?」
ちらっと千さんを見ると、相変わらずなにを考えてるのかわからない横顔。
オレ、かなり恥ずかしいこと言ってるんだからなにか言ってよ、ばか。
「今日みたいにオレを休ませるためとかじゃなくて、千さんから触ってほしい」
オレが弱いから千さんに気を使わせてしまってばかりだけど、千さんからも求めてほしかった。
「休ませるためだけにな訳ねーだろ」
「え」
千さんの言葉に顔をあげるとわしゃわしゃ頭を撫でられて乱れた前髪で何も見えなくなった。
「毎日ぎゅーしてとか言っといて3日も音信不通になりやがって」
ちらっと見えた千さんの横顔はすこし赤い気がした。
千さんも、オレに会いたかったって思っていいのかな?
「オレ千さん不足で死にそうだったけど、千さんもオレ不足だったのー?」
茶化すように笑うと、「うるせぇ」とぶっきらぼうな言葉が返ってきた。
千さん照れてるの?っていっても素直に頷いてくれないだろうから、にやけてしまいそうな顔を手で押さえて窓の外に目を向けた。
「あれ?オレん家じゃないの?」
車が走る道はオレの家とは反対方向できょとんと首をかしげると千さんが短くああ、と答えた。
「千さん家?」
「そ。5時間くらいしたら帰るから、それまで寝とけ。
帰ったら古典わからないところ教えてやるから」
「え、いいの?千さんもお仕事で疲れてるのに」
なにも言わずに千さんがわしゃわしゃ頭を撫でてくれる。
本当に千さんは優しい。
「でもオレ千さんに教えてもらったらドキドキして頭に入ってこないかもー」
笑いながら言うと、千さんもどうでもよさそうにふっと鼻で笑う。
「俺が教えてやるのに集中してなかったらどうなるかわかってるよな?」
「千さん顔こわいよー」
黒い笑顔に、オレの口元がひきつる。
見えてきたマンションに千さんが慣れた運転で駐車する。
「千さんすぐ学校に戻らなきゃだよねー」
「リチェールの家まで送るってことになってるから、すこしは休めるけど」
「ほんと?ならコーヒーだけ飲んでからでもいい?」
「はいはい」
オレってわがままだしめんどくさいよなぁ。
仕事中にわざわざ送ってくれた大人にたいして引き止めるとか。
でももう少し一緒にいたい。
戻ったら、また累くんに付きっきりなんだろう。
仕方ないと思う。累くんは心に傷を負ったんだから。
車を降りて、マンションに向かうと千さんのポストの前で細身で長身の男の人が立っていた。
「蒼羽?」
名前を呼ばれ、振り返ったのはよく千さんとお店に来るお友達、蒼羽さん。
「あ、せーん!ちょうどよかったー!
この間かりた本たまたまこの辺通ったから返しに来たよ」
ぱぁっと綺麗な笑顔で振り返った蒼羽さんはオレを見てにっこり笑った。
「男だとは聞いてたけど、まさか学生だったなんてね。
制服見るまで男ってことすら半信半疑だったのに、あの千が生徒に手を出しちゃうなんてねー?」
からかうように千さんを見て笑う蒼羽さんに、千さんがうっせと短く返す。
でも楽しそうに笑ってて仲がいいんだなって思えた。
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