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先生の友人
そのまま、立ち話も何だからって家に入ることになった。
オレいない方がいいんじゃないかなってオロオロしてたら蒼羽さんと目があった。
「こんにちは、おチビさん。たまに千から話聞いてるよ」
楽しそうにニコニコ笑って話しかけられ、すこし緊張がほぐれる。
「蒼羽さんお久しぶりです。改めまして、リチェールアンジェリーと言います」
「ん。リチェールね。本当に君女の子みたいだけど、違うんだよね?」
「身長低いからですかねー?ちゃんと男ですよー」
降りてきたエレベーターに三人で乗り込み、千さんの部屋に向かう。
蒼羽さんはもちろん部屋の場所は知ってるみたいでスタスタと長い足で進んでいった。
「蒼羽、俺は10分くらいで学校に戻るけど、その時に途中まで車で送るか?」
「んーん。リチェールとお話したいから二人で千の帰り待ってるー。ね、リチェール」
振り向いてオレに笑いかける顔に、オレも笑顔でうなずいた。
「うん、嬉しいです。千さん、オレ蒼羽さんとお留守番してるねー」
「なるべく早く帰るようにする。
蒼羽、こいつ体調崩してるから休ませろよ」
千さんの気遣いひとつひとつに、胸が熱くなる。
蒼羽さんは何がおかしいのか、吹き出して声をあげて笑った。
「あはは!昔っから面倒見いいとは思ってたけど、なんかリチェールにはベタ甘だね!きもちわるーい!」
「うるせぇよ」
ケラケラ笑う蒼羽さんを千さんが少しそっけなく返す。
そっけなくしようと、決して冷たい感じじゃなくて、親しいからこそできるような態度に仲の良さが出ていて、なんだか微笑ましい。
「蒼羽さん、コーヒーと紅茶どっちがいいですか?ココアとかお茶とかジュースもありますよー」
「千の家に、ジュースがあるの?ウケんね。紅茶もらおうかな」
ケトルのお湯を、千さんのコーヒーと蒼羽さんの紅茶に注いでレモンをひとつカットしてお皿にのせて砂糖とミルクと一緒に出した。
お菓子を置いてなかったから、フランスパンをカットしてブルーベリーとイチゴのジャムを塗ってトーストして出した。
「リチェール、お前は休んでろって言っただろ。
蒼羽に気なんて使わなくていいから寝てろ」
「簡単なのしか出してないよー」
コーヒーをさっさと飲んで、千さんは立ち上がった。
ゆっくり居られないことは分かってたけど、やっぱり寂しい。
三日ぶりに会えたのにな。
靴を履いた千さんに持っていた鞄を手渡すと「さんきゅ」と頭をぽんぽんと撫でられる。
「じゃあ学校に戻る」
「うん。連れてきてくれてありがとー。お仕事頑張ってね」
「せーん。帰って来るときお酒買ってきてね」
「なに、お前夜までいる気なの。帰れよ」
「ひどーい」
後ろからついてきていた蒼羽さんはひどいと言いながらも気にした様子もなく楽しそうに笑った。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
手を降ると、千さんも答えるように軽く手をあげてドアを閉めた。
千さんを見送って、蒼羽さんと二人でリビングに戻った。
ごろんとソファに座った蒼羽さんの斜め前の床になんとなく座る。
「ねぇ、どうやって千と付き合ったの?」
「えっ」
なんか、そういうの聞かれるの恥ずかしいな。
男同士だし、千さんの友達だし。
「あ、安心して。僕もゲイだから」
「そうなんですかー?今お付きあいしてる人とかいます?」
ケラケラ笑う蒼羽さんに合わせて笑いながらさりげなく話題をそらしてみる。
「セフレなら何人かいるよ。
僕のことはいいから千とリチェールのこと聞かせて」
笑顔でさらっと、耳を疑うことを言われて一瞬フリーズする。
「あの人間不信の千をどうやって手懐けたの?」
「オレが千さんにベタ惚れで一方的にすきすきーって押したんですよー」
気を取り直して笑って答えると、蒼羽さんはアシメの前髪を少し指で遊ばせながら相変わらず楽しそうにニコニコ笑う。
「でも、千そーゆーの突っぱねるでしょ」
「オレが生徒だからかな?
それか、問題のある生徒だったから千さんも冷たくできなくてそこに付け込んじゃいましたー」
「千、面倒見いいもんね」
「そうですねぇ」
千さんは、みんなに優しくて面倒見がいい。
今日だって体調が悪そうなのが累くんなら累くんが送られてたんだろう。
あ、やだな。
こんなこと考えちゃうのも、それで嫉妬しちゃうのも。
「本当に笑ってばっかりなんだね。バイト中だけじゃなくても」
ふに、と蒼羽さんがオレの頬をつねった。
痛くないけど、反応に困る。
「そういえばリチェールはさ、千の親の話知ってる?
背中のこととか」
唐突にふられた話に、どきっと緊張が走る。
知ってると言えば知ってけど、大まかな内容だけだ。
千さんが知られたくなさそうだったから。
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