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電車
リチェールside
千さんの家で休んだ日から2週間ほどたった。
田所せんせーは相変わらずネチネチ絡んでくるけど、古典の小テストで満点を取ったことや、担任の佐倉せんせーや千さんが言ってくれたおかげで大分マシになった。
もう季節も秋色で、オレはイギリス育ちだからそんなに寒くないけどみんなは寒そうにマフラーまでしてる人もちらほら見かける。
もうあと一ヶ月ほどで体育祭。
そのあとすぐに中間テストがある。
勉強もバイトも充実してるけど、最近のオレにはちょっとした悩みがあった。
「…………っ」
まただ。
満員のぎゅうぎゅう詰めの電車で大きな手におしりを掴まれ、息を飲んだ。
この学校に通い初めて、電車ではたまに合うことだったけど、GWあと辺りからほとんど毎回触られる。
はじめは気のせいかな?って思ってたんだけど、段々おかしいなって思い始めて。
そうこう考えてるうちに、別にオレ男だしいいやって抵抗することもめんどくさくなってしまった。
だってそうでしょ。
この満員電車でさ、抵抗するのも、犯人捕まえるのもめんどくさい。
むしろオレが抵抗したことで他の被害にあう女の子がいたかもしれないと気持ちを前向きにするようにした。
それに、学校の友達にも電車で痴漢にあったという笑い話ができたし。
でも最近は、ちょっとやり過ぎというか、笑えないレベルにまでなっていた。
ズボンの中に手をいれようとしたり、服の中に手をいれてきたり。
抵抗しようにも、オレ自身身動きがとれなくて相手の手を押さえようにも微々たる力だった。
今まで付き合う前からスルーしてた問題なだけに今更千さんにも言えない。
て言うか、オレは男だし、ここは電車だし出来ることは限られてるんだから、多少触られるくらい、と軽く見ていたし、何とかしようと思えばできると思っていたけど、本当に痴漢にあうと声が出せないんだって身をもって思い知った。
だってこの人痴漢です!っていったって、男のオレが言っても自意識過剰だって思われ恥を被って終わりだ。
時間を変えても、相手はオレを見てるかのようにやって来て三日に一度は後ろにぴたっと張り付いてくる。
顔を見る勇気もなかった。
見えたところでどうもできないけど。
「…………っう」
来た。
お尻をさわさわ触れててきて、その手はじっくり太ももや腰まで撫で回す。
学校までの3駅が果てしなく遠く感じる。
服の中に入ってきた手はお腹をするする撫でて、胸の中心をつままれた。
「……………っ」
気持ち悪い。
痴漢がエスカレートしてからショルダーバックをやめて、リュックにして両手で抵抗するけど、扱いが乱暴になってオレの体まで痛むから強くできない。
ついに固く締めていたベルトに手が差し掛かり、ギクッとする。
手をつかんで止めようとしても、止まらない。
やだ、どうしよう。
ズボンの中に手を入れられて、どう扱われるのかわからない怖さが込み上げる。
その手に思いっきり爪を立てて引っ掻くと、バッと手を引っ込められ、舌打ちが聞こえる。
ほっと息をつくと、その手はオレのシャツに再び忍び込んで、ぎゅっと乳首に爪をたてられた。
「い………ッ」
思わずその痛みに目をつむると、ふっと鼻で笑われたのがわかって悔しい。
声をあげることもできずに、ただ自分の体を小さくするしかできないことが情けなかった。
その日は結局、それ以上のことはされず学校の駅に到着した。
逃げるように電車を降りて、早足に学校に向かう。
胸はヒリヒリしたし気持ち悪いし情けないし、最悪だ。
もやもやした気分のまま教室に向かうと、田所せんせーに呼び止められた。
「アンジェリー、具合悪そうだな。大丈夫か?」
うるさいな。ほっとけよ。
オレ、お前のこと嫌いなんだからな。
心配してくれた相手にひどいと思うけど、そう思えてしまうくらい今日のオレは余裕がなかった。
「全然大丈夫ですよー。今日は体調万全ですー」
「そうか。それなら今日は居残りできるな。
この間小テストはよかったけど、今度の中間テストは範囲が広いから見てやる」
ああ、やっぱりこいつ嫌い。
ふんって勝ち誇ったように鼻で笑う顔にムカついたけど、笑って「わかりました。ありがとうございますー」と返事をした。
今日はとことんついてない。
最悪だ。なんかもう、今すぐ千さんに会いたい。
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