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電車
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とりあえず、今日からしばらく千さんがオレの家に泊まって電車で痴漢を捕まえることになった。
相手は少しは暴力的だし、無いとは思うけど万が一にもナイフとか持ってたらどうしよう。
千さんに危ない目にあってほしくないから、その作戦は嫌だったけど、結局千さんに押しきられてしまった。
自分で解決できないオレが一番悪いんだけどさ。
「ルリ、今日バイト休みだろ?ボーリングいかね?」
ホームルームが終わったことにも気付かず、考え込んでるとゆーいちが横から声をかけてきた。
「あ、ごめん。これからたろころせんせーと勉強しなきゃいけなくて」
「はぁ!?またかよ?俺がまた佐倉ちゃんに言い付けてくる!」
「いいよいいよ。オレも自分で今日断ってみるから」
眉間にシワを寄せるゆーいちを笑って宥めると、まだ納得いかないようにむすっとしてる。
「またボーリング行こうね。遅いと怒られるから、行ってくる」
古典の教科書とノートと筆箱を取り出してまだゆーいちの頭をわしゃわしゃ撫でて立ち上がる。
今日は二時間くらいで帰して貰えるかなぁと考えながら指導室に向かった。
「失礼しまーす」
コンコンコンって3回ノックしてドアを開けるとまだ田所せんせーは来てなくて、ほっと息をついた。
先に椅子に座って、次の中間テストの範囲のページを開いておく。
しばらく自習してると、遅れて田所せんせーがやって来た。
「遅くなったすまない」
「いえいえー」
向かいの椅子に座ってさっそくノートを覗きこんで来る。
途中まで自習しといてよかった。
「ふん。まぁやる気があるのは結構だ」
「そうですねー。早く中間テスト終わらして友達と遊びたいですー」
「遊ぶことしか頭にないのか?」
嫌みったらしく言われ、ぴくっと顔がひきつる。
絶対こいつの学生時代よりオレの方が成績よかったに決まってると、決めつけて苛立ちを押さえた。
「ほら、早く問題集を出して解け」
「はーい」
言い方もムカつく。
佐倉せんせーにも千さんにもやりすぎだって言われてるくせにさ。
「ほら!ここに読み解き方書いてるだろ!」
解く前に考える時間もなくあーだこーだ言ってくるのもムカつく。
「はーい、すみませんー」
へらっと謝りながら田所せんせーが指した場所を見る。
そして、ぎくっと体が固まった。
教科書を指した田所せんせーの右手。
少しごつごつした手の甲にはっきり残った引っ掻き傷に視線が持ってかれた。
いや、もしかしたら、たまたまかもしれない。
「………そういえば、たろろこせんせーってどこに住んでましたっけー?」
「なんでだ?」
ぴくっと眉を潜めて睨むようにオレを見る。
気付かなかったふりをして、ヘラって笑ってごまかした。
「いえー、もし電車通勤で方向一緒なら、今日一緒に帰りませんかって思ってー。
いつもこんなに勉強見てもらってるんですし、コーヒーくらい奢らせてください」
我ながら下手なごまかし方だと思う。
でも今のオレには余裕がなかった。
引っ掻き傷なんて2、3日で消えてしまう。
そんな焦りを微塵も出さないで、笑って田所せんせーを見ると、ふっと笑われた。
「K市だよ。電車通勤だけど、いいのか」
K市はオレの一駅後の駅だ。
疑問がどんどん確信に変わっていく。
「ねぇ、せんせーさぁこの引っ掻き傷、どうしたのー?」
笑うのをやめて声を低くして、田所せんせーの右手を掴んだ。
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