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電車

しまった、と言う顔の田所せんせーを見て、こいつ本当に馬鹿なんだと改めて思えてしまう。 顔に出すぎだし。 今日痴漢してその日のうちに近付いてボロが出るとか思わないのかな。 詰めが甘いというか、考えなしと言うか。 こんな相手にずっと悩まされていたんだと思うと、自分にも少し呆れる。 「…………せんせーさぁ、本当になんでこんなにオレに嫌がらせするの?オレなんか、嫌われることした?」 掴んだ手を振り払われ、ムッとしながら聞くと、言葉に詰まったように眉間にシワを寄せて俯いた。 「もういいけどさ、オレもひっかいちゃったし。でももうこーゆー呼び出しとか、電車のこととか、やめてね」 正体がわかったなら、もうなにも出来ないだろうけど。 黙り込む田所せんせーに追い討ちをかけるように言うと、カッとしたようなすごい形相で顔をあげた。 「…………っおま、えが俺に逆らうな!!!」 バシッと叩かれ、顔が横を向く、でも、すぐに机を前に蹴ったら田所せんせーのお腹に勢いよく当たって、うっと息を飲んで田所せんせーが蹲った。 それでも睨んで見上げてくるせんせーに恐ろしさを感じる。 なんなの、このオレへのこだわり。 口内にじんわり血の味が広がって、今さら父親に殴られて縛られて散々犯された恐怖が体を支配した。 せんせーとオレの距離は机一個分。 出口はせんせーの後ろだった。 考えなしとか、詰めが甘いとか、人のこと言えない自分に、嫌気が指した。 田所せんせーが立ち上がった瞬間に、長い手がオレの胸ぐらをつかんで引き寄せようとして咄嗟に振り払う、ぶちぶちっと、ボタンが3個くらい乱暴に弾けとんで、シャツも少し破れた。 「放……っ!!」 つい叫ぼうとした口を大きな手の平で押さえられ、そのまま後の壁にゴン!とぶつけられた。 一瞬目の前が真っ白になるような衝撃にその場に崩れてしまう。 「……………っお、ごえ、だすよ。さすがに、30手前で公務員の仕事をやめるのは、キツいでしょ」 「お前………!」 睨んで見下ろしてくる田所せんせーに怖いけどオレも負けじと睨み返す。 「嫌がらせをやめてくれるなら、オレも全部黙っててあげる。 もうなんでオレのこと嫌いかとか理由も聞かない。 とにかくもうオレに関わらないで。次に何かしたら全部ばらすからね」 きつく睨んでそう言うと、せんせーはぎりっと奥歯を噛み締めてしばらく黙ってから、ふ、と鼻で笑った。 その不審な笑みにぞくっと背筋が凍る。 なんで、笑えるの。この状況で。 ガン!と体スレスレの壁を蹴られ、ひっと息を飲んでしまう。 怖がるな。 オレ。男だろ。 必死に自分を奮い立たせて、キツく田所せんせーを睨みあげる。 「お前俺にそんなこと言える立場か?」 「なにが」 「お前さ、月城と出来てるだろ」 「………は?なに寝言言ってんの」 顔には、出てないはず。 内心物凄く動揺したけど、オレはポーカーフェイスは得意な方だ。 「お前が学校で犯された日、たまたま目撃してから、ずっと見てたから」 「……なにそれ?オレ犯されたことなんてないけど?」 ばくばく心臓が早鐘を打つ中、必死に口元に笑顔をつくって平静を装った。 でも田所せんせーはなにも聞こえてないかのように言葉を続けた。 「いつも優等生で、にこにこしてるお前が、あんなに乱れて苦しそうにしてる姿は興奮した。 それでも泣かない強気な姿勢に、俺が泣かしてやりたいって思ううちに目で追うようになって気付いた」 なにこいつ。気持ち悪い。 それでも教師かよ。 あれ見て、そう思うか普通。 「お前さ、月城と出来てるだろ」 「だから、なにそれ?証拠は?」 「見るか?本当はもう少し決定的な証拠がほしかったんだけどな」 田所せんせーがポケットから携帯を取り出して、楽しそうに画面を見せてきた。 そこには、千さんのマンションに二人で入る姿がバッチリ映っていて息を飲んだ。 まずい、とは思ったけど、まだ言い訳を言えるレベルだ。 「話にならない。これさ、オレの圧勝だよ。 オレが今大声出すだけで、せんせーの人生終わるんだよ? せんせーは現行犯。しかもオレと月城せんせーが出来てるって言いがかり証拠も甘いよ。 それ、オレが体調悪くて道で踞ってたとき月城せんせーが家で休ませてくれたのだし」 ため息を付きながら、立ち上がる。 本当は大事にしたくない。 でももう叫んでしまおうかとも思えていた。

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