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電車

シャッとカーテンが開かれ、びくっとしてしまう。 手にミネラルウォーターが持って千さんがベットに腰かけた。 「飲んで落ち着け」 「…………うん」 受け取って冷たい水に一口、口をつける。 沈黙が辛くて、目が合わせられない。 「リチェール」 名前を呼ばれてびくっと肩が揺れる。 何を言われるか怖くて、服の裾をぎゅっと握った。 「こう言うことは隠すな、すぐ言えって、つい昨日言ったよな」 「…………うん」 「俺に言えないってことは、なにか弱味でも握られたか。 たとえば俺たちの関係がバレたとか」 「…………っ」 なんでこの人はこんなに鋭いんだろう。 バレたけど、昨日までは誤魔化せる範囲だった。 ちゃんと千さんに相談しようと、オレここまで来たんだよ。 言いたいことと、言えないことが入り交じって、頭がぐちゃぐちゃだ。 千さんにどう思われてるのか怖くて、口が開かない。 かわりに涙ばかりがぼたぼた溢れて止まらなかった。 「泣いてたらわかんねぇだろ」 「……っ、ごめ、なさ………」 「何隠してる?言えよ」 「………っ」 「言え」 あんなにいつも甘やかしてくれて、泣くとすぐに抱き締めてくれる千さんの声が厳しい。 それでも手は優しく背中を撫でてくれて、胸が熱くなる。   もう、これ以上優しくされるのが辛かった。 「やめ、てよ……っ」 「なに?」 「オレのこと……っ好きじゃ、ないくせに………っ優しくしないで……」 「あ?」 千さんの声がどんどん低くなる。 今日で話すことも無くなってしまうのかと思うと、胸がいたかったけれど、それならいっそ全部言おうと顔をあげた。 「昨日、放課後、ここで累くんとたくさんの人とエッチして気持ち悪いって言ってたじゃん!」 自分で言葉にすると、余計に重たく言葉がのしかかる。 "月城もよく付き合ってるよ。こんなビッチと。 犯すのはいいけど、付き合うのは無理だよ。汚い。病気とか持ってるんじゃないか?" 重ねて、昨日の田所の言葉が頭のなかで再生された。 「………っどうせ、オレは汚いし、たくさんの人にされたし、病気持ってそうなビッチだよ………っ」 「なんだそれ。怒るぞ」 言いながら、こんなの八つ当たりだって思う。 千さんにここまでのことは言われてないし、累くんとの会話だって、盗み聞きみたいなことをする形になってしまった。 逃げようとしても、千さんに押さえられて逃げれない。    止めなきゃと思いながらも言葉が止まらなかった。 「片想いのままならまだ諦めついたのに………!なんでオレを愛したフリなんてしたの………!」 手元にあった枕を投げようとして、千さんに腕を捕まれる。   千さんは珍しく困惑したような顔をしてた。 「………っこんなに、弱くされて………一人で生きていけない………」 ぽろっと出た本音に、涙がポタポタとベットにシミを残した。 ああ、嫌だ。ほんの少しの間でも、たとえ両想いじゃなかったとしても、感謝の気持ちでいようと思ってたのに。 感謝してるのに。 千さんも余計呆れたに決まってる。 「…………手、はなして…………っ」 今すぐ逃げ出したかった。 それなのに千さんはオレを引き寄せて両手で包み込む。 「やだっはなして……っ」 「リチェール、落ち着け。 離せねぇし、これから先も離すつもりなんてない」 そんな譫言いらない。 気持ち悪いって思われたままそばになんていれるはずがない。 それなのに、どう思われても千さんのそばにいたいという気持ちが入り交じって自分の浅ましさに嫌気が指す。 「折山と昨日話してたのは折山の過去の話だ。 お前を襲った奴らに対して言った言葉に相槌打ってただけだろ」 「………………え?」 「お前を汚いって俺が言うと思うか? 本気でムカつくからお前も言うな」 「で、でも……っ」 「でもじゃねぇよ。言うな。いいな?」 でも、だって、と繰り返すオレを少し不機嫌な声で千さんが一蹴する。 う、と押し黙ると、ぎゅっとオレを包む手に力が入った。 オレの勘違い? だって、ずっと千さんにオレなんかが愛されるのはおかしいって思ってたから。 「お前が突っ走るなんて珍しいな。ストレス溜めてたんじゃねぇの」 「…………千さん、オレと別れたいとか、思わないの? すぐこんなことになってめんどくさいよ、オレ」 抵抗をやめて、素直に千さんに体を預ければ千さんが、小さくため息をついた。 「たしかにリチェールはすぐ無理するし、心配は尽きないけど、めんどくさいなんて思わねぇよ」 「……しつこいって、怒らないでね。どうして、汚いって思わないの?」 「怒るに決まってるだろ。なに、お前は俺を怒らせたいの」 低くなる千さんの声に焦って体を放して千さんの顔を見上げる。 「だ、だって、オレ実の父親とずっとしてたんだよ?血の繋がった父親だよ?同級生四人にまわされて、フェラだってさせられたし、しまいには電車であんなもの入れられたり縛られたり………気持ち悪くないの? 病気もってそうとか、汚いってならないの?」 千さんの機嫌が悪くなるのはわかったけど、不安が募っていてもたっていられない。 オレが千さんの立場なら、オレなんかを絶対選ばない。 千さんは苛立った雰囲気のまま言葉を発しようとして、やめたように深くため息をついた。 「……そういえば、俺が好きだの愛してるだのくだらないって言ってたときから、何度つっぱねてもお前はめげず毎日好き好き言ってきたよな」 ふっと諦めたように穏やかに笑ってオレの頬を撫でる。 「仕方ないから、俺もチェールが安心できるまで気長に待ってやるよ」 「……え?」 「愛してる。リチェールを汚いって思ったこと一回もないよ。大切で仕方ない。だからお前もそう言うこと言うな」 言葉を理解するより先に、千さん真っ直ぐ見つめられ顔が熱くなる。 何て言っていいのかわからなくて、躊躇いながら、とりあえず頷いた。 千さんが優しく頭を撫でてくれて、恥ずかしくて俯くとクスクス笑われた。 「ほんとお前はどんな状況でも一瞬で赤くなるよな」 「だって、好きなんだもん……」 「知ってる」 俺も、とは言ってくれないのは相変わらず。 でも、知ってるって言われると、不思議な安心感がある。

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