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すごく

「そういえばリチェールって千のどこが好きなの?」 唐突に蒼羽さんが聞いてきた。 「えー?それオレで面白いことのネタ探ししてるでしょー?」 「あ、バレた?バカのくせに」 相変わらずイタズラっぽく楽しそうに笑う蒼羽さんはオレまで楽しい気持ちにさせてくれる。 「いいから、聞かせてよ」 「全部かなぁ」 「うわ、きもっ」 ケラケラ笑いながら毒を吐く蒼羽さん。 今日は少し落ち込んでたから、蒼羽さんの明るい声に気持ちも浮上するようだった。 「全部つったって、俺様でドSなのに?リチェールMなのー?」 「そうだねぇ、意地悪なところもかっこいいって思っちゃうからねぇ」 「あはは、ドMじゃん!……でもそっか、よかった」 後半は呟くように言った蒼羽さんの言葉が何となく耳に残る。 そういえば、前もオレの気持ちを試すようなことを聞いてきた。 蒼羽さんは、本当に千さんのことを大切に思ってるんだと伝わってくる。 「蒼羽さんと千さんはどうやって知り合ったのー?」 「んー?気になる?」 「うん」 ふと、気になったことに素直に頷くと、蒼羽さんがクスクス笑う。 「初めてあったのは小学校に上がるか上がらないかの時かな? 千の病院に一週間くらい入院したときが出会いだよ。 それからしばらく会わなくて、中学校で再会して仲良くなったかな」 「そうなの」 そんなに幼い頃からの中なんだ。 入院ってなにかあったのかな。 でもなんとなく、そこは掘り下げちゃいけない雰囲気。 「千はさぁ、好きだってなんだって言い寄ってくる女に態度冷たいでしょ?」 「え、うん」 少し黙って、唐突に話した蒼羽さんの話になにも考えずとっさにうん、と答えてしまう。 そういえば、出会った当初一度千さんと歩いてるときに、絡んできた元カノさん?にすごく冷たいことを言ってた気がする。 オレは生徒だったから好き好き言っても、流されるだけだったけど、もしそうじゃなかったら、突き放されてたんだと思うけど。 「リチェール、千のこと幸せにしてあげてね」 いつものへらへらしたものじゃない憂いを帯びたような綺麗な笑顔に釘付けになって、目が離せない。 蒼羽さんは本当に千さんのことをなんでも知ってて、すごく大切に思ってることが伝わる。 返事をしようと口を開いた瞬間、ガチャとドアが開く音がした。 「───千、帰ってきたみたいだね」 蒼羽さんは一度玄関の方のドアを見て一瞬でへらっといつもの笑顔に戻ってしまった。 「リチェール?いないのか?」 いつもは走って千さんのお迎えに玄関まで行くから、千さんのオレを呼ぶ声が聞こえる。 「ほら、リチェールお迎え行っておいで」 蒼羽さんにぽんと背中を押されて、なんとなく気になったまま玄関に向かった。 廊下のドアを開けると、千さんがちょうど靴を脱いで上がっていた。 「千さんおかえりなさい」 ぱたぱた駆け寄ると、ぽんぽん頭を撫でられる。 「ただいま。いるなら返事しろ」 「ごめんねー。今ね、蒼羽さん来てるよー」 「蒼羽が?」 オレにスーツの上着とネクタイを手渡してリビングに進む。 オレはその二つをハンガーにかけて、千さんを追った。 「また来てたのか蒼羽」 「うん、今日は仕事で疲れたからリチェールにいたせりつくせりしてもらおーとおもってさ」 「リチェールをパシりに使うんじゃねぇよ」 オレは全然いいのに。 むしろ蒼羽さんと仲良くなれて嬉しいし。 「千さん、先にお風呂は行っておいでよ。 その間にご飯準備できるから」   千さんの腕時計と鞄もさらに受け取りながら言う。 千さんも初めはそこまでしなくていいって言ってたけど、今は習慣のように渡してきてくれて、なんとなく嬉しい。 「千もリチェールのことコキ使ってるじゃーん」 「俺はいいんだよ」 「あはは!なにそれ」 二人の会話を聞いて本当に仲がいいなと思う。 蒼羽さんはもちろんだけど、千さんもどことなく楽しそうに笑う。 卵を焼きながら二人のやり取りをほほえましく聞いていたら、5分くらい喋ってやっと千さんがお風呂に向かった。 三人それぞれのお皿にチキンライスを持って、卵を乗せる。 サイドにシーザーサラダと、ハンバーグをのせて、デミグラスソースをかける。 コンソメスープも温めて、さっき暇で作った爪楊枝の旗をそれぞれに立てると、テーブルに並べて完成した。 「なにこの旗?」 蒼羽さんが余った旗をひとつ摘まんで笑う。 「千さんどんな反応するかなーって作ってみちゃったー」 「暇人」 「あはは。ばれちゃったー? 千さんにも同じようなこと言われそうだねぇ」 現に、これからも使おうと思って無駄に10個ぐらい作っていた。 言葉ではバカにしてるのに、蒼羽さんは穏やかに笑う。 「リチェールは、本当に千が好きなんだね」 「えへへー、照れるねぇ」 軽く笑って返しながら、蒼羽さんのふと見せる表情に釘付けになる。 寂しそうな、嬉しそうな。 そんな複雑な顔。 どちからかというと、他人に関心がない二人が、蒼羽さんも、千さんもきっとすごくお互いを大切に思ってる。 微笑ましくもあるし、羨ましくもある。 だから余計に蒼羽さんの時々見せる表情にどきっとする。 「蒼羽さん」 気がつけば名前を呼んでいた。 んー?と旗を指でくるくる回すのをやめて振り向いた。 「あの、ね。蒼羽さんは千さんとずっと一緒にいて、その………」 蒼羽さんの顔が見れずうつむいて、声もどんどん小さくなる。 「好きになっちゃったり、とか………しなかったのかなって……」 おかしなことを聞いてる自覚があるから、言葉が誤魔化すように途切れ途切れになる。 蒼羽さんは少し驚いたように目を開いて、すぐにふっと笑った。 「あるよ」 どきっと心臓が跳ねる。 蒼羽さんが千さんのこと好きなら、オレは間違いなく敵わない。 「てゆーか、今でもすっごい愛してる」 なに考えてるのかわからない、いつもと変わらない笑顔でにこにこ近付いて、オレの後ろにあるテーブルにトン、と手をつく。 心臓がズキズキして、今どんな顔してるのか自分ではわからない。 「だから二人が付き合ったって聞いたとき、すごくすごく……」 笑いながらゆっくり話す蒼羽さんに目がそらせない。 時間が止まったようにさえ思える。 「蒼羽」 「ぎゃっ」 千さんの声が聞こえたと思ったら、タオルを蒼羽さんの顔にばしっと当てて、蒼羽さんが短く悲鳴をあげる。 いつからいたのか。 全く気付かなかった。 千さんは上半身裸でポタポタ長めの黒髪から水滴を垂らしていた。 「リチェールいじめていいの俺だけだから」 呆れたようにため息をつく千さんに、蒼羽さんがケラケラ笑う。 「だってリチェールからかうの面白いんだもーん」 「リチェール、腹立ったらこいつ殴っていいから」 「だ、だめ」 そもそも、オレがおかしなこと聞いたんだし。 蒼羽さんはもう楽しそうにケラケラ笑ってて、本当にからかわれたのかなと思う。 だって、蒼羽さんのオレをぽんぽん撫でる手つきが優しいから。

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