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佐倉先生と新しい友達

リチェールside 今日も寒がりな黒猫ちゃんに後ろから抱き付く。 「おはよー。純ちゃん!」 「はいはいおはよ。お前は朝から元気だね」 「朝は強いからねぇ。純ちゃんは朝弱いでしょー?」 大きなあくびをしながら、大きく伸びをする純ちゃんはどこか気だるげで、目もぼんやりしてる。 「はーさみぃ」 「カーディガン貸そうか? 」 もう季節はすっかり秋で、純ちゃんはネクタイもしないで大きく開けたシャツと、学校指定のブレザーだけだった。 オレも首もとがしまるのが苦手で、ネクタイはつけてるけど、ボタンは二つ空いてるし、ブレザーは固いからオレは着ないけど、そんなに寒くない。 代わりにクリーム色のカーディガンを着ていたからそれを貸そうと脱ごうとしたら止められた。 「どーせすぐジャージに着替えるんだからいい」 「そう?あ、保健室にカイロあったかもー。貰ってこようかー?」 「……………」 だまって俯く純ちゃんに欲しいんだなって思う。 素直じゃないんだから。 「じゃあ先着替えててねー。保健室寄ってからオレ行くからー」 「ん」 靴箱で純ちゃんと別れて、保健室にむかった。 なんだか、中々人になつかない子猫がオレにだけなついたみたいで嬉しい。 純ちゃんは言い方はキツいけど、素直だし、優しい。 さっきも歩くときはさりげなく車道側に回ってくれたし、オレが重たい荷物持ってると手伝ってくれるし。 たまに怒鳴られるけど全然怖くない。 顔も体も小さくて、目は大きくて、女の子みたいな可愛い顔してるせいか、照れ隠しってわかるせいか。 ずっと今まで、おいとか、お前とか呼ばれてたのに昨日はついにルリって呼んでくれたし。 うんうん。ジャパニーズ萌えだね。 ツンデレって言うんだっけ? そんなことを考えながら歩いてるとすぐに保健室について、ノックをすると千さんが中からどーぞと答えた。 「千さん、おはよー」 「おはよ。早いな」 柔らかく笑ってぽんって頭を撫でられて、気持ちが落ち着く。 「体育祭の朝練始まってるからねぇ 千さんホッカイロもらっていーい?」 「いいけど。お前が寒がるって珍しいな。風邪か?」 おでこに手を当てられ、顔が熱くなる。 なんだか未だに千さんが肌に触れてくることに慣れない。 自分からは抱きついたりできるのに。 「熱がありますよリチェールさん」 千さんに触られて赤くなったのわかってるくせにわざとらしく笑われて悔しい。 「熱なんてないですー。 カイロはオレじゃなくて友達。すごく寒がりなの」 「へぇ。人の世話焼くのもほどほどにな」 「世話焼いてるってほどでもないよー。原野純也くんって言うんだけどめっちゃ可愛くて構い倒したくなるのー。カイロありがとうねー」 「ん」 千さんからカイロを受け取って保健室を後にした。 小走りで教室に向かうと、もうほとんど着替え終わってるなか、純ちゃんだけがさっきと同じ格好のまま座っていた。 「純ちゃーん、ちゃんと着替えてなきゃだめでしょー?」 受け取ってすぐ袋から出して揉んでいたカイロは少し暖かくなっていて、それを渡すと純ちゃんはすぐ手をさすった。 「寒くて着替えられっかよ」 そんなに寒くないでしょ。 身を小さく丸めてカタカタ震える姿はなんだか可愛い。 「はい、着替えるよー。バンザーイ」 「ヤメロ。自分でできる!」 ブーブー言う純ちゃんをなんとか着替えさせてグランドにむかって練習に参加した。 練習が終わってからもまた同じように震えて着替えるのを抵抗する純ちゃんに手を焼いたけど着替えさせてホームルームが始まった。 佐倉せんせーが一人一人出席をとる。 転校してきたオレの席は窓際の一番後ろだから、前の方に席がある純ちゃんの背中がよく見える。 机にうつ伏せて、寝たふりをしてる。 素直に学校来てるから恥ずかしいのかな。 「原野純也。じゅーんや。じゅんやー。返事しなさーい。じゅーんちゃーん」 名前を呼ばれても無視する純ちゃんに佐倉せんせーはしつこく連呼して、周りががクスクス笑いだした。 「純ちゃーん。返事してー。じゅー」 「しつけぇな!来てるのなんて見ればわかるだろ!」 「あはは、起きた。返事してくれなきゃさみしいじゃん」 いたずらが成功した子供のように笑う佐倉せんせーのおかげで、クラスの雰囲気は和やかだ。 まだキャンキャン文句を言う純ちゃんを軽くあしらって、出席の続きを読み始めた。 ホームルームが終わると、ぶすっとした顔で姿勢悪く腰かける純ちゃんの席に向かう。 「純ちゃん、ぶさいく~。 せっかく可愛い顔してるんだから笑ってー?」 ふに、と柔らかいほっぺたをつまむと、よりいっそう眉間のシワがよって睨まれた。 それでいて振り払わないんだから優しい。 「次の数学小テストあるってー。最近テストばっかだねぇ」 「お前、頭いいんだろ。なら、いいじゃねぇか」 「うん?まぁ悪くはないかなー?純ちゃんは勉強苦手なの?」 「学年で下から5番目以内に入るくらいやばいからルリ君見てあげて」 またいつから会話を聞いていたのか、突然現れた佐倉せんせーの言葉に耳を疑う。 え………成績をビリから数えるって人ってこんな身近に存在するの? 本気でドン引きした顔をそのまま純ちゃんにむけると、どうでも良さそうにふんっと鼻を鳴らすだけだ。 死活問題だろ、これ。 「進級できるの、その成績」 「かなり、怪しいね」 真剣に聞いた内容に、へらりと笑う佐倉せんせー。 そして。 __________ 「だからね、この式をここで代入するとね、ここの値が……」 放課後、オレは無理矢理純ちゃんに勉強を教えていた。 純ちゃんの成績は正直どうやったらこんな点数とれるんだってくらい悪かった。 留年してもいい、どうでもいいって態度でオレの説明を聞き流す姿には心底あきれる。 でも、サボらずにちゃんと受けてくれるから、やっぱり来年も一緒に学校にいたいと思う。 「ほら、純ちゃん。 今教えたことちゃんと応用したらこの問題解けるから。がんばって」 それでもって、甘党だ。 チョコレートをひとつ口のなかに入れてあげたら、素直にカリカリとシャーペンを動かし出して、可愛いと思う。 「これ解けたら、どうすんの」 「んー?ご褒美がほしいの?じゃあいい子いい子ーって頭撫でたげる」 そう言いながら、純ちゃんのサラサラストレートの黒髪を撫でると、「もう撫でてんじゃねぇか」と、手をどかされてしまった。 「あはは。いやだったー? オレは頭撫でられるの結構好きだけどなー」 「ガキかよ」 「じゃあさ、純ちゃんはこれ解けたら何してほしいの?」 頬杖をついて首をかしげると、スマホをタップしだした。 そして、画面をオレに見せてくる。 「これ、ついてこい。 お前がいきたがってた雰囲気で店に入る」 見ると、若い女の子が好きそうなメルヘンなカフェのサイトの、期間限定と書かれた栗のパフェが載ってた。 噴きそうになったのを、全力で阻止する。 笑ってたらすねて、やっぱいい!とか言いかねない。 平静を装って普通にいつも通りの笑顔を作る。 「いいよー。美味しそうだねー。二人で……っぶは」 こえらて喋ったのに、わかりやすくぱあって嬉しそうな顔をする純ちゃんに吹いてしまった。 「て、てめぇ……!」 「ご、ごめ………っぷ、くく……っ」 見る見る顔を赤くするから余計に笑いが止まらなくてお腹を押さえて笑ってしまった。 「もういい!」 案の定すぐに拗ねた純ちゃんを見てかわいいなぁと思ってしまう。 「怒らないでよー。 それ、問題解けなくても今日行こう?奢るからさ」 「………物で釣りやがって」 そう言いながらも、釣れてくれる素直なねこちゃんに、また少し笑ってしまった。 ちなみに、純ちゃんは出した問題は10問中3問しか正解してなかった。 明日は、中学生の数学の問題集買ってこようと思う。

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