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佐倉先生と新しい友達

それから俺がようやく一年の数学の内容を理解すると、ルリは満足して解放してくれた。 「よかったよかった。 このペースだとなんとか間に合いそうだねぇ」 「うるせぇ。もうやらねーよ」 「明日は朝の9時から物理だからねー」 「やらねぇっていってんだろ!」 佐倉がトイレに行ってる間に教材や飲み物や食べたあとのごみを片付けるルリを手伝わずスマホをいじって待っていた。   「今日はオレのわがままに付き合ってくれてありがとー。 中間テスト終わったら、ぱーっと遊びに行こうねー」 全部片付けて、ルリがふんわり笑う。  こいつって、わがままなのかなんなのかよくわかんない。 ルリのストレートすぎる言葉は、たまになんて返していいのかわからなくなる。 「…………図の問題。少し分かりにくい」 「うん?そうだねぇ、純ちゃんたしかにその辺苦手だねー」 「あとは、大体わかるから、あそこの説明もっとうまくできるようになっとけよ」 ぶっきらぼうに、顔を見ないで言い捨てると、ルリがきょとんと首をかしげた。 それからまたすぐ笑う。 「うん、がんばっておバカちゃんに理解できるように考えとくね」 「て、てめぇ!」 ムカつく言葉に顔をあげると、ルリの頬が少し赤いことに気が付く。 なんだこれ、むず痒い。 「なーんかほんとあっという間に二人仲良くなったね」 いつの間に戻ってきていたのか振り向くと、佐倉がにやにや笑いながら立っていた。 「さて、お二人さんそろそろ帰るよ。家まで送るから車に乗って」 椅子に置いていた鞄をもって佐倉が歩きだして、言い返すことすら面倒で、黙ってあとに続く。 「あ、佐倉せんせー、オレ知り合いがそこまで迎えに来てるから大丈夫だよー」 ルリの言葉に足が止まる。 佐倉は9時過ぎをさす時計を見てうーんと困ったように笑った。 「あ、大丈夫だよー。相手大人ー。 日本の親戚の人ー。一応クオーターだからね、親戚いるのー。 週末はその人の家に泊まることにしてるんだー」 「そう?暗いし、気を付けね」 「はぁい」 「じゃあ、俺も送らなくていい。歩いて帰る」 それの言葉に二人が驚いたように振り替えって声を揃えて「だめ!」と言われた。 なんだこいつら、息ぴったりかよ。 「純ちゃんかわいー顔してるんだから絶対だめだよー。 ちゃんと佐倉せんせーに送ってもらって」 「そうだよ、純也。 暗いし、なにかあったら怖いから。送ってらせて」 「なめてんのかてめぇら!!俺は歩いて帰る!」 言ってハッとしたけど、やっぱりルリにまたぺちっと叩かれた。 「オレにはいいけど、せんせーにその言葉遣いやめなさいってば。他のせんせーに目ぇつけられて留年したらどうすのー?」 「う、うっせぇな」 こいつ、意外と手が早い。 お前こそ俺の扱いに気を付けろと言いたい。 「俺はお前らオカマみてぇなやつらと違って男なんだよ!ばぁか!!」 そう言い捨てて、ルリに怒られる前に全速力で走った。 自分でも子供っぽいと思うけど、ルリには敵わない。 また従わされる前に逃げた。 後ろでルリがコラー!とか言ってる気がしたけど、無視して走った。 なんだろう。 子供扱いされてるみたいでムカつくけど、こうやって心配させて困らせるのは、なんとなく嬉しい。 結構走って右の細い道曲がるとドンと、誰かにぶつかってしりもちをついた。 やばい、と。 すぐ立ち上がって頭を下げた。 「す、すんません」 顔をあげると、おっさんも尻餅をついて俺を睨んでいた。 かなり怒ってる表情に少し戸惑いながら近付く。 「立てますか?前見てなかったです。すみません」 慌てて手を差し出したけど、振り払われた。 いや、俺が悪いんだけどさ、いらっとする。 「いってーな!!!殺すぞ!糞がき!!!」 「あぁ?」 いや、俺が悪い。わかってる。 こいつ、酒臭いし、虫の居所も悪いんだろう。 でもさ、殺すぞとかくそがきとかさ、あまりにもムカついて、反論しようと口を開いた。 "純ちゃん、言葉遣い気を付けなさいってば"   けれど、ルリの声が頭で聞こえて、止まる。 なんだこれ。 なんであの口喧しいやつのことなんかいま、思い出すの。 別に、あんなやつの言うことなんて聞く必要ないのに。 「…………本当にすみませんでした」 ふ、と息をついて、頭を下げた。 ルリが、数学の問題を解けたときのような穏やかな表情が思い浮かぶ。 ああ、それで気持ちが軽くなるとか。 俺どうしたの。 「怪我したに決まってるだろ!たくよぉ!なめてんじゃねぇぞ!」 かなり酔ってるその男はふらふらと頼りない足取りで俺に近付いて、胸ぐらを捕まれた。 そのまま拳を振り上げられ、ぎゅっと目を瞑った。 「……………?」 けれど、痛みはなく、恐る恐る目を開けると、おっさんの腕を誰かがつかんでいる。 「え」 「なんだてめぇ!!」 吠えるおっさんに、そいつがにこっといつものように微笑んだ。 「僕の連れが大変失礼しました。 よく言って聞かせますので、勘弁してください」 でも目は冷たくて一切感情がないような笑顔でぞっとする。 おっさんもびびったように後退って、またなにか怒鳴り散らしながら逃げるように帰っていく。 なんでここにいるのか、確かにまいたはずなのに。 そいつは俺をみてさっきとは違う柔らかい笑顔で振り返った。 「だから送るっていったでしょ?」 「……なんで、ここにいんだよ」 俺の質問に、佐倉がクスクス笑って頭をポンポンと撫でてくれた。 「心配なの。当たり前でしょう?」 心配、あたりまえ? なんだそれ。俺男だぞ。 うぜぇな!と毒づいて手を払ったけれど、佐倉は元気だねぇとクスクス笑うだけ。 本当はほっとして今さら震えた手が情けなくて誤魔化した。 心配が当たり前ってなに。 その言葉はなんだか、どうしていいかわからない。

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